「わたし、釜石に住んでみたい。」
そう思ったのは、2017年の夏の終わりのこと。
徳島生まれ徳島育ち。大学進学も徳島県内で一度も徳島の外に出て暮らしたことがなかった。
そんなわたしの、挑戦のおはなし。

大学を休学して釜石に住んでいたわたしが携わっていたのは、コーヒーブランド「鐡珈琲(クロガネコーヒー)」のブランディングに携わるため。釜石のカフェ「Blua cielo」が自家焙煎珈琲として提供していたものを、オーナーの山崎鮎子さんの「もっとたくさんの方にお届けしたい。地域のコーヒーになりたい」という思いから生まれたのが鐡珈琲だ。

「こうすれば地域のコーヒーになる!」なんて正解がない中での挑戦。わたしと鮎子さんで立てた仮説は3つ。

①飲んでもらう機会を増やす
②地域のものとコラボレーションする
③地域を盛り上げる

今回のコラムでは、3つの仮説への挑戦を振り返ります。

田中 美有
1996年徳島生まれ徳島育ち。2017年夏にインターンで釜石を訪れたことをきっかけに、釜石でふれた方々と飲んだ珈琲(2018年8月に「鐡珈琲」としてブランド化)に惚れ込み、2018年10月より大学休学をして、2019年秋まで釜石に滞在。

飲んでもらう機会を増やす

「地域のコーヒー」と名乗るからには、やはり地域で消費されること。そう思ったわたしたちは、まず最初に鐡珈琲を飲んでもらう機会を増やすことを試みた。

主に取り組んだのは、釜石内外のイベント出店や、お店を開けていない土日に月に1回「鐡珈琲の日」と称したイベント開催。常連のお客さまはもちろん、普段の営業時間にカフェに来れない方や鐡珈琲を飲んだことがない方に飲んでもらえたら……という思いからだった。

出店したさまざまなイベントの中でも、特に思い出深いのが休学したての10月に行われた「橋の上朝市」。釜石市には「橋上市場(きょうじょういちば)」と呼ばれる、日本唯一の橋の上にある市場が存在した。現在は市場が橋の上から駅前に移転しているものの、「かつて市場があった場所で朝市をしよう」とイベント化したのが「橋の上朝市」だ。

わたしはオーナーの鮎子さんと朝4時に起きて準備に向かった。その日の出店では、初めて「ミルを持参し、挽きながら淹れる」ことを実践した。けれど、これが思ったより曲者だったのだ。静電気で、ものすごい量の挽いたコーヒー豆が飛散したり、オペレーションが複雑になったり……。

鮎子さんと2人で、てんやわんや。(しかも寒い。)そこに鮎子さんのお母さんが救世主のように現れ、出店を無事終えることができた。この日のバタバタは、鮎子さんとの間でたまに出てくる笑い話になっている。

それ以降も、ラグビーの試合や、東京の岩手を盛り上げるイベント、岩手県のコーヒー屋が集まるコーヒーフェスなど、さまざまなところに出店した。出店するたびに鐡珈琲を初めて飲んでくれる方に出会い、出店がきっかけでお店に足を運んでくれるようになった人もいた。純粋に美味しい、と思ってくれることがとても嬉しかったし、少しずつ「地域で消費されるコーヒー」になっていったように感じた。

また、東京や県内でも釜石じゃないところで飲んで応援してくれる人ができ、その人たちにとっては「釜石のコーヒー」になれたんじゃないかと思う。

地域のものとコラボレーションする

月に一度のイベント「鐡珈琲の日」は、南部鉄瓶でお湯を沸かして珈琲を楽しむ日にした。普段飲んでもらえない人に飲んでもらう、という思いに加えて、仮説の2つ目「地域のものとコラボレーションする」の実践の日でもある。

鐡珈琲が「地域のコーヒー」になるために、「地域のものとコラボレーションする」という発想は、わたしの中で重要だった。徳島にいた頃に、釜石へコーヒーのブランディングをしに行くと話すと、「釜石でコーヒー豆を栽培しているの?」とよく聞かれた。

「地域で育てられたわけじゃないコーヒーは、いくら地域のストーリーと関連づけても、本当の意味で地域の味じゃない」

豆は釜石産じゃなくても、その味わいで地域のストーリーを表現したい、と鮎子さんもわたしも思っていた。その方法として、地域のものとコラボレーションをするという考えに至ったのだ。
南部鉄瓶は、世界から注目されている岩手県の伝統工芸品だ。特性として、沸かしたお湯が鉄に反応してまろやかになること、丈夫であること、保温性が高いことが挙げられる。

岩手県は昔から、鉄鉱石が採取される場所だった。そのため、内陸の盛岡市や水沢市では鉄器が、沿岸の釜石では製鉄が栄えた。釜石は「近代製鉄発祥の地」と言われ、大量製鉄を可能にした技術が生み出された場所であり、世界遺産にも指定されている。

その製鉄技術は一筋縄ではいかず、成功したのは先人がトライを重ねた結果。そのトライの連鎖のストーリーがとってもかっこいいのだ。「鐡珈琲」も、鉄づくりへ向き合ってきた先人たちのように、真摯に地域のブランドづくりに向き合っていきたいという思いから名付けられた。

南部鉄瓶で淹れたコーヒーは、地域のストーリーをダイレクトに伝えるだけでなく、味わいがある。まろやかすぎて、珈琲が舌の上に乗ってくるようなおもしろい感覚を得られる。そして、南部鉄器でふつふつ沸かしたお湯で珈琲をとぽとぽ淹れる時間は、とてもゆるやかでわたし自身もホッと一息つくことができるのだ。

「鐡珈琲の日」では、その味わいのストーリーを伝えたり、南部鉄瓶で淹れるゆったりした時間のながれを感じてもらうために、毎回お客さまの席でお話しながら珈琲を淹れた。その時間がわたしはとても大好きだった。今は「鐡珈琲の日」はおしまいになったけれど、カフェで提供している珈琲は南部鉄瓶で沸かしたお湯で淹れている。

地域のコラボレーションでもうひとつ力を入れたのは、釜石で採れた黒豆をコーヒー豆とブレンドして作った「釜石黒豆ブレンド」のリリース。

黒豆をブレンドした珈琲は、黒豆特有の香ばしさとすっ きり感で通常の珈琲豆と比べて優しく軽い口当たりに感じられる。 コーヒーだけど、コーヒーじゃないみたい、と初めて飲んだときに思った。釜石で採れたものと珈琲のおいしさがバランスよく詰まった「地域の味」だ。

南部鉄瓶や釜石産の黒豆とのコラボレーションを経て、「地域の味」は1つ目の仮説のように多くの人に認識してもらって「なる」ものでもありながら、わたしたち自身が「つくっていくもの、定義していくもの」でもあると感じた。

地域を盛り上げる

仮説の3つ目「地域を盛り上げる」は、ブランドを立ち上げた当初からあるイベントを見据えて取り組んできた。2019年秋に開催されたラグビーワールドカップだ。世界中から多くの人が集まるワールドカップで、地域のことを発信するものとして盛り上げられたら……という気持ちで、会場での出店を考えてきた。

が、実際には会場での出店はしなかった。わたしたちが目指す「地域の珈琲」として提供するのが難しいと判断したためだ。ラグビーワールドカップでの出店は、規定で決められたカップに入れて提供する必要があり、ブランドロゴや大きな店名表示も難しい。また、バタバタとしたオペレーションの中で、お客さまに口頭で地域のことを伝えることは難しいと考えた。

代わりにわたしたちでできる形で盛り上げようと、「釜石ラグビーブレンド」という、ラグビーボールの形に近いコーヒー豆のみを使ったブレンドを開発。ラグビーワールドカップ開催期間はそのブレンドを提供した。

3つの仮説をもとに挑戦した1年を終えた今、「地域のコーヒーになった!」とか「やり遂げた!」という達成感は、正直ない。けれど、地域の味を「作って定義」し、それを多くの人に飲んでもらうこと。それを繰り返せば、だんだんと地域のコーヒーに「なっていく」んじゃないかなと思う。そして、それには長い時間が必要だ。そんな長い年月を進むための道の、最初のスタートがこの1年だった、ということは言えるんじゃないかなと感じている。