2018年7月、株式会社MIKKEの代表・井上拓美くん(以下、たくみくん)と一緒にPodcastをはじめた。MIKKEは「超個人的な想いを事業にする会社」。たくみくんとは3年前の冬からの付き合いで、このPodcastも私と彼の個人的な想いから始まった。

Podcastのコンセプトは「人生ちょっとハミダシちゃった人から学ぶ」。「ハミダシミッケ」と名付けた。

ハミダシミッケでは、毎回ゲストを呼んで、世の中に対して感じる違和感やモヤモヤを「ねえねえ、こういうのってダルいときない?」という視点で切り取り、そのダルさへの処方箋を考える番組。今ではオフラインのイベントにも展開し、この春からは渋谷のFMラジオでの放送も始まった。

この連載では、ハミダシミッケの過去の放送から、私が掘り下げたい回をピックアップし、企画の裏側や、処方箋にたどり着くまでのゲストとの時間を振り返っていきたい。

kayoko hashi
1988年東京生まれ東京育ち。ウェルビーイングをテーマに夫婦で世界一周中のフリーランス。2018年8月より株式会社MIKKEで「ハミダシミッケ」のプロデュースに携わる。生きづらさを軽くする処方箋のような文章を書きたいなと思っています。

今回のテーマは「肩書きってダルいときない?」

私がフリーランスになったとき、頭を悩ませていたのは「自分にどんな肩書きをつけたらいいのか」ということ。

 

会社員時代は「会社で与えられる職種 = 肩書き」だった。そうじゃなくなったときに、丸裸の自分になったときに、私って何なんだろう?という問いに答えられなくなった。

 

そんなとき、岡山さんの肩書きに関するnoteを読んで、一緒にこのダルさについて考えてみたいと思った。そうして実現したのが、この回だ。

 

ハミダシミッケでは「そもそもモンスター」になることを意識している。

 

仕事で「そもそも論」を持ち出してくるやつは大体、面倒くさいやつだ。でも、私はそういう面倒くさいのがとても好き。本質に迫ろうとするとき、前提条件を疑ってみたり、当たり前のことに「なぜ?」と問うてみることは、大切なことだと考えている。

 

だから、やっぱりこの問いからはじめたい。

そもそも、肩書きって何だっけ?

「結局、みんな寂しいんだと思うんですよ」(岡山)

 

そもそも論を話しているうちに、こんな言葉が飛び出した。

 

「自分は、何を持って世の中に存在していいのか。それが見えないから辛い。ある種、肩書きは社会とつながる接点みたいなもの」(岡山)

 

「 接点って肩書き以外にもいっぱいあるよね。ツイッターのフォロワー数、いいね数、イベントに呼んでもらえるとか、自分が喋ったことが共感されるとか…」(たくみ)

 

自分が世の中に対してどんな価値を持つのか。それを分かりやすく言葉にしたものが「肩書き」。もっと平たく数字にしてしまえば、フォロワー数になるのかもしれない。

 

SNS時代の今、フリーランスや起業がもてはやされ、複業ブームも訪れるなかで、自分と社会の接点をどうデザインするのかは誰にとっても関心事だ。

 

「自分だけの肩書きを持たなきゃ。フォロワーを増やさなきゃ」

 

こんなふうに思っている人も多いのではないだろうか。少なくとも私は「ツイッターとかがんばった方がいいのかな…。何か一言で私のことを表せて、他の人と差別化できるような、いい感じの言葉はないのかな」なんて思っていた。

 

しかし、そんな魔法のような言葉が一朝一夕でできるわけがない。

「人って、ストーリーに感動するじゃん。でもストーリーが最初からあるわけないんだよ。ストーリーは結果としてできるものだから、つまり、結果としてできあがったものにしか、人は感動できないんだよ」(たくみ)

 

肩書きも、まったく一緒だ。

 

私は、自分のストーリーがまだできあがっていないうちに、未完成の作品に一生懸命名前をつけようとしたり、現在進行中のストーリーを無理やりまとめようとして、悩んでいたのかもしれない。そりゃしんどいよ。

 

結局のところ、肩書きでいちいち悩むような人間は、何者でもないのだ。何者でもないけど、何者かになろうともがき、社会との接点を探し続け、そういう自分と向き合い続ける。その時間がつらくて、寂しくて、ちょっとダルい。

 

じゃあ、どうしたらこの寂しさを癒せるんだろう?

 

ヒントは、自分にとっての社会を定義することにあった。

自分が幸せにしたいのは、誰なのか

 

肩書きが「自分と社会がつながる接点」だとしたら、社会って一体どこの誰なのだろう?

 

私にとっての一番身近な社会とは何か考えてみる。

 

それは、自分、自分を支えてくれている誰か、自分が幸せにしたい誰か、そして自分と志を同じにする誰かだ。

 

その誰かを忘れたまま、SNSの海の上にイカダを浮かべて、できるだけ目立ちそうな旗を立てて、遠くに向かって声を枯らして叫んでも、結局自分が疲れてしまうだけなのかもしれない。

 

岡山さんは、地元の長崎で平和活動に携わるなかで、戦争体験を語る人々と話して気づいたことがあるという。

 

岡山「その人たちも自分の孫のために活動しているって言う。たぶん、不特定多数に対してというよりも「具体的な相手」がいるんですよ。誰を幸せにしたいのか。それを見つけることが、一番心を軽くするのかな?」

 

顔の見えない不特定多数に届けようとするのではなく、まずは自分が顔を思い浮かべられる人のために実践、行動すること。それが結果的に不特定多数の人にも届くのかもしれない。

 

自分が向き合いたい人について考えると、おのずと自分が立てるべき旗も見えてくる。

仲間を集めるための旗印

 

どうせSNSの海にイカダを浮かべて旗を立てるのであれば、目立つためではなく、仲間を集めるための旗を立てたほうがいい。

 

〇〇ができます、××が専門分野です。スキルセットも確かに必要だ。

 

「自分でつける肩書きって、機能訴求なんですよ。でも、それだけだと機能が代替された瞬間に自分の価値がなくなっちゃう。そこで無理してフォロワーを獲得していくよりも、自分の行動を見て、一緒にやってくれる人や、ついてきてくれる人を幸せにすることを考えた方が、絶対にいい。

 

ツイッターは、何かひとつの部分を尖らせたほうがフォロワーもすぐに増える。でも、そうじゃないんですよ。別にそこだけで語られることを僕が望んでいるわけじゃないし。それでも、各領域において、自分と関わりたいと思ってくれる人が、続けていればできてくる。そこに対しては、ちゃんと答えていかないとねって」(岡山)

 

「社会にとって自分はどうあるべきか」と考えると急に大きな話になって難しいけれど、「自分にとっての社会」を思い浮かべたとき、そのなかで自分はこうありたい、この人の役に立ちたい、こうであって欲しい、といった願いはきっと出てくると思う。

 

その願いを、旗印にするべきなのだ。

 

その願いこそ、機能訴求の肩書きよりも前に考えたほうがいいことなのかもしれないし、それが自分だけの肩書きに繋がっていくのかもしれない。

肩書きがダルい人への処方箋

肩書きとは、自分と社会との接点である。
このダルさの本質は、社会との接点がうまく見つけられない寂しさだ。

 

そんなあなたへの処方箋は、自分が幸せにしたい人をまず大切にすること。その人たちに向き合い、愚直に実践、行動していくこと。そのつながりの中で、自分が「これを大切にしたい」「これを実現したい」という旗を立て、仲間をつくること。

 

その行動の積み重ねが、本当の肩書きをつくるのかもしれません。

 


 

肩書きに悩むやつは何者でもない、という話をしたけれど。

 

たくみ「価値になってないけど価値になるべきものは、まだ何かの形になって現れていない可能性が高い。接点がうまくつくれていない場合が多い。

 

僕は、いわゆる大きな物語より小さな物語のほうが好きなんだけど、究極的には人間はみんな小さな物語を持ってる。その小さな物語の価値に誰かが気付いた瞬間に、それは社会にとっても価値になる可能性があるわけだよね」

 

たくみくんが言うように、何者でもない人は「まだ」何者でもないだけかもしれない。ハミダシミッケはこれからも「まだ何者でもない人の小さな物語」を見つけていきたい。そして、そういう物語を一緒に大きくしていきたい。

 

それがハミダシミッケの旗印だ。

 


ハミダシミッケ公式サイト:http://hamidashimikke.com/

ラジオのポッドキャスト:https://podcasts.apple.com/jp/podcast/%E3%83%8F%E3%83%9F%E3%83%80%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%B1/id1436497410?l=en

MIKKEとは?:http://mikke.co.jp/

イラストレーション:あさぬー