毎回ゲストを呼んで、世の中に対して感じる違和感やモヤモヤを「ダルいときない?」という視点で切り取り、「ダルさへの処方箋」を考えるラジオ番組「ハミダシミッケ」。

世の中で当たり前とされている肩書きやお金、働き方について取り上げてきた同番組は、昨年、惜しまれつつも放送を終了した。


この連載では、企画の裏側や、「ダルさへの処方箋」にたどり着くまでの過程をアーカイブしてきたが、今回が最後の記事となる。

ハミダシミッケの生みの親であり、番組のホストを務めたのは、Capital Art Collective MIKKEの井上拓美(以下、タクミくん)。「好き」と「お金」の関係性を問うお金の学校 『toi』や、「1日のはじまりを、はじめる」をコンセプトにしたWEBマガジン『KOMOREBI』など、さまざまなプロジェクトのプロデュースと並行しながら、この番組のホストを務め続けてくれた。

今回は、そんなタクミくんに話を聞きながら、ハミダシミッケを総括したい。

この番組を通して、私たちが世の中に伝えたかったことは何だったのか?

橋 香代子
1988年東京生まれ東京育ち。ウェルビーイングをテーマに夫婦で世界一周中のフリーランス。2018年8月より株式会社MIKKEで「ハミダシミッケ」のプロデュースに携わる。生きづらさを軽くする処方箋のような文章を書きたいなと思っています。

いくらでも選択肢があることを知る

ハミダシミッケを通して伝えたかったことは、世間の要請する「正解」からハミダシてしまったとしても、私たちは孤独じゃないということ。そして、必ず「自分にとっての正解」があるはずで、それを選び抜く勇気を、誰もが持っているということ。

といったようなことを、私自身はタクミくんとその周りの友達から教わった。

ここ数年で、もっとも影響を受けたのが、彼らの存在だ。

IT業界でしゃかりきに働いていた私が、今では友達と会社を立ち上げたり、こうやってたまに文章を書かせてもらったり、誰かが読んでくれたりする。もちろん自分のこれまでの選択の積み重ねが、私を現在地まで連れてきた。けれど、その選択肢のほとんどは、タクミくん達とのご縁から生まれたものだ。

そもそも自分というものは、100%自分だけで出来ていない。

自分が生きる時代があって、生きる場所があって、関わる相手がいて。「自分」という存在は、そういったいろんな因子が絡みあって生まれる縁の中から「おこぼれ」を頂いてできあがった寄せ集めにすぎない。

彼らと縁ができてからの私は、とても安心できる時間が増えた。それは、彼らの態度に影響されて、いろんなおこぼれを頂いた結果だと思う。

彼らといるとなぜか、「きっと、うまくいく」気がした。なんでだろう?

 

「きっと、うまくいく」と言えない時代に

40年前の日本は、誰もが「きっと、うまくいく」と思えていたんじゃないか。なぜなら、上向きの経済の中で、みんな同じ様な幸せに向かっていけばOKだったからだ。今はどうだろう?

令和に入り、いろんな価値観がアップデートしつつある。おかげで、人生の中で取り得る選択肢の幅も広がった。しかしその一方で、本当の正解は誰にも分からないし、自分で考えて選び取らなければいけない時代にもなった。

今の仕事を続けていて良いのか、副業を始めるべきなのか、好きなことで稼ぐ努力をした方がいいのか、東京に住むべきなのか、地方に住むべきなのか、結婚すべきか、すべきじゃないか、子供を持つのか、持たないのか――

正解が分からない。「きっと、うまくいく」と自信を持って言えない。そんな現代の不安や生きづらさの中でも、しなやかに生きていくためのヒントが、タクミくん達の態度にある気がしていた。

自分の中の違和感に耳を傾け
勇気を持って立ち止まり、
自分で考え、課題に向き合うこと
うまくいかないことも
自分で引き受け、
小さな半歩を実行に移し続けること

タクミくん達が持つこういった態度を私たちは、「MIKKE的だね」と呼んでいた。そして私自身も、彼らと時間をともに過ごすうちに、自分の中にもこういう態度があることに気づいた。

何かに違和感を感じたり、立ち止まることは、実は良いことなのかもしれない。そんなふうに自分を肯定することに繋がっていったと思う。これが、「きっと、うまくいく」と思えた、安心感の正体かもしれなかった。

だからこそ、MIKKE的な態度を、今にも未来にも伝えたくて、ハミダシミッケではタクミくんの周りにいる「MIKKE的な思考を持つ人たち」をゲストに迎え、世の中に対する違和感について一緒に考えてきた。

例えば、「何者かになりたい」「自分だけの肩書きが欲しい」と思いつつ、しっくりくる肩書きが見つからない場合はどうしたらいいか?
会社員かフリーランス、どっちの働き方がいいのか?
お金にとらわれずに、生きていくためにはどうしたらいいのか?

自分の中にあるモヤモヤに気づき、立ち止まり、問いにぶつかった時、どうすれば自分だけの答えに近づいて、小さな半歩を進められるのか?

どんなケースを考える時も、MIKKEの考え方には共通点があった。

 

そもそもの「前提」を深く掘り返すこと

とにかく、MIKKEでは「そもそも」の話をすることが多い。何か話を進めようとしても、まずは大前提の部分で納得感が持てるまで掘り下げる。

例えば、何かをやりたい!と思った時に、いつもネックになってくるのは「お金が足りない」ことだったりする。その、みんなが当たり前だと思う前提を、MIKKEでは考え直すことから始める。本当にお金が足りないからできないのか?実は、お金がなくてもできるんじゃないのか?

「みんな、お金を前提にしすぎなんだよね」

と、タクミくんは言う。

「人生をトランプに例えたときに、お金はジョーカーだと思われることが多い。何かをするときの最強の切り札のように感じるから。でも、トランプではジョーカーを持っていることは当たり前じゃないじゃん。だからこそ、でたらラッキーって思うんだよね」

「ジョーカーを持ってたら確かに強いけど、ジョーカーがなくてもゲームに勝つ方法はあるし、ダイヤのエースとか、他のトランプのカードの使い方を知ればもっとジョーカーを活かせる。お金も同じで、それ以外の方法を知らないと、どうしてもお金が前提になって、お金がないことを嘆いたりしちゃうんだよね」

実際タクミくんは、以前のハミダシミッケの記事「お金以外の価値交換」でも書いたとおり、お金以外の方法でいろいろなことを実現させてきた。お金をほとんど使わずにコワーキングスペースを始めたり、飲食店の運営をサポートしたり、ランニングコストを下げながらやりたいことをやるのがとても得意だ。それは、お金以外のカードの使い方をよく知っているということなのだろう。

 

「〇〇とは」に自分なりの答えが見つかるまで考える

タクミくんに話を聞いていたら、「そもそも」を掘り返すコツ、トランプでいうところのジョーカー以外のカードの使い方がなんとなく見えてきた。

「たとえば、実家に帰ったら飯が出てくる人が多いと思うんだけど、それはなぜなのか?お金がなくても、実家に帰ると飯が出てくる。それならお金を増やす代わりに実家を増やせばいいんじゃない?そこで、そもそも「実家」ってなんなんだろう?って考える」

「”血のつながりのある家”かもしれないけど、僕の場合、友達の実家に行っても飯を出してもらうことが多いんだよね。じゃあ、実家って『自分のことを可愛がってくれる人がいる場所』かもしれない。こいつを応援したいって思ってくれる人がいる場所』かもしれない。そういう場所なら、増やせそうな気がしてこない?」

タクミくんは、当たり前に囚われずに本質をいつも問うている。それは「〇〇とは」という質問に、辞書に載っている答えではなく、世間のいう答えでもなく、自分なりの答えが返せるということだと思う。

たとえば、「写真の専門学校に行きたい、けどお金もないし…」とモヤモヤしていたとしたら、「自分にとって専門学校とは?」という、そもそもの前提から考えてみる。人によっては「スキルを教えてくれる人がいる場所」や「同じ志の仲間がいる場所」が欲しいのかもしれない。だったら、ひょっとすると高いお金を出して専門学校に行く必要はなく、写真家のオンラインサロンに入るだけでも良いかもしれない――

「そもそも、どうしてこうなんだっけ?」「〇〇って“自分にとって”どういうものなんだっけ?」と、自分の心の声に耳をすませながら立ち止まって考えることが、今まで見えていなかった選択肢を増やすことにつながっていく。

 

走りながらでも、立ち止まれる

なぜ、タクミくんはここまで「そもそも」を考えられるのか?私は、慌ただしい日々の中で、「そもそも…」と立ち止まって考えることは、とても難しいことだと思っていた。けれど、タクミくんはこう言う。

「立ち止まるっていうのは、走りながらでも立ち止まれるんだよね。1日に5分でもいい。自分はなんで今の状況にいるのか、振り返ってみて欲しい。その時間を無駄だと思わないコトがすごく大事」

大きなことではなく、小さな思考と行動の積み重ねが、今と未来を作っていくのかもしれない。それが、誰かの正解を生きるのではなく「自分にとっての正解」を作っていくことにつながっていく。

どうやって生きていくのか?今、何を選ぶのが正解なのか?正解が分からない時代の正解は、自分にしか作れない。誰も自分の代わりに生きてはくれないのだから。

自分の中の違和感に耳を傾け
勇気を持って立ち止まり、
自分で考え、課題に向き合うこと
うまくいかないことも
自分で引き受け、
小さな半歩を実行に移し続けること

ラジオ番組「ハミダシミッケ」は、いったん休止になるけれど、ここで70年後に伝えたかった態度は、MIKKEの様々なプロジェクトに生きている。この番組に携わり、コラムを書いている中で、タクミくんとゲストの皆さんからたくさん学ばせてもらったので、私もこの態度を自分が体現しながら人に伝えていけたらいいなと思う。

多くの人が自分自身を見つめ直し、自分にとっての正解を見つけていく。そんな社会になっていきますように。1年半の連載にお付き合いいただき、本当にありがとうございました!