【障害者、在留外国人、ロストジェネレーション世代、LGBTQ……。多様な背景を持った人たちが共存する現代の日本でも、いまだにマイノリティとして理解されない苦しみや困難を抱え生きている人は多い。そのひとつに、「発達障害者・精神障害者」というカテゴリがある。
最近は、大人になってから「自分は発達障害・精神障害があるのではないか」と悩む人が増えているというが、そんな人たちに必要なのが同じ立場の人によるサポート、「ピアサポート」だ。
外から判別がつかないため、誤解を受けやすく困難にさらされることの多い大人の発達障害者・精神障害者たちに居場所を提供しているブックカフェ「Necco」は、ピアサポートを実践している場所。カフェやイベント開催などで彼らと接するスタッフも全員、発達障害・精神障害の当事者である。
孤立しやすい発達障害者・精神障害者の居場所として、毎日多くの人が集まるNecco。そこには、マイノリティと呼ばれる人々が心地良く生きるためのヒントがあるかも知れない。そんな期待を携えて、筆者は営業中のNeccoへ向かった。
孤立しがちな発達障害者・精神障害者に居場所を
飲食店が並び、学生や外国人も多い西早稲田。小さなビルの二階にブックカフェ「Necco」はあった。平日の日中にもかかわらず店内はほぼ満席で、スタッフとお客さんたちがリラックスして会話を楽しんでいた。
「Neccoはスタッフ全員が発達障害者なんです。カウンセラーの資格を持っている人もいれば、そうでない人もいる。無資格だからいけない、ということはまったくなくて、心理学を専門にしていないからこそ、そういったスタッフはお客さんと同じ目線で話せるのではないかと思っています」
そう話す「Necco」代表の金子磨矢子さんはやわらかい雰囲気の女性だ。隣では今回の取材に同席した発達障害当事者協会の運営委員、嘉津山具子さんがうなずく。
「誰とも話したくない人は読書したり静かにコーヒーを飲んだりして静かに過ごせるし、話したくなったら私たちスタッフと話せます。イベントも多数開催していて、仲間を作る機会も頻繁に提供しています」
大人の発達障害者が、大人の発達障害者・精神障害者の居場所をつくるという他には例を見ないコンセプトを持ったNecco。どのような経緯で開店に至ったのかが気になる。
金子さんも嘉津山さんも「発達障害」という言葉すら知られていなかった時代に生まれ育った。周囲から「変わった子」と言われ、自身も「みんなができることが私だけできないのは努力していないせいだ」と誤解しながら幼少期を過ごした。二人とも自らが発達障害者であると自覚したのは成人してからだ。金子さんの場合は、結婚後、子どもが発達障害だと診断されたことがきっかけになった。
「子どものことを理解したくて発達障害の本を読み漁ったのですが、そこに載っている症状が自分と同じで驚きましたね。昔からみんなができることができなかったのも、自分や親の育て方のせいではなく、発達障害に原因があったのだと確信しました」
金子さんはSNSの発達障害のコミュニティに入り、オフ会に参加するようになる。そこで自分と同じような悩みを抱えながら生きてきた人たちと知り合い、かつてない居心地の良さを感じた。
そして、ときどき開かれるオフ会だけではなく、発達障害者・精神障害者が自分たちの居心地の良い場所へ日々足を運べるようになってほしいという思いから、ブックカフェ「Necco」をオープンさせた。
読書やイベントを通し、参加者の「できること」を活かす
「Neccoに来て本を読みたい人もいればそうでない人もいるので、ここはカフェでもありブックカフェでもあるんです。置いている本は、やはり発達障害や精神障害に関係した内容のものが多いですね。お客さんに居心地の良さを感じてもらうのが目的なので、漫画も並べたいと思っているのですが、そんなにスペースがないので今は置いていません」
本棚を見回すと、発達障害や精神障害を前向きにとらえた本が並んでいて思わず手を伸ばしたくなった。お客さんに飲食や読書を楽しんでもらうだけではなく、夜間や週末にはイベントも開催しているという。
「人気があるのは”アナログゲームの会”です。初参加の人やコミュニケーションが苦手な人もアナログゲームをすると自然と輪に入れるようです。例えば、TPRGというゲームだと、みんなで話を作りコマを進めていく楽しさがあるので、知らず知らずのうちにメンバーが打ち解け合う雰囲気になっています。アナログゲームが終わったあとメンバーが仲良くなって話している姿をよく見ますね。他にもNeccoには人生ゲームやウノ、トランプなどもあります」
アナログゲームが初対面の人と仲良くなるきっかけにもなる、というのは新しい発見だった。発達障害者・精神障害者に限らず、すべての人が実生活でも応用できそうだ。
他にもNeccoではいろいろなイベントが開催されているが、その中でも注目したいのが”グレーゾーンの会”だ。発達障害者・精神障害者の居場所を作るカフェと聞くと、診断済みでないと行ってはいけないと思う人も多いかもしれない。”グレーゾーンの会”は、「もしかして」と相談してみたい未診断の人でも集まれる会だ。
「大人になってからの発達障害の診断はなかなか難しく、時間もかかります。大人の発達障害を認めない医師も未だにいます。Neccoでは診断済み・未診断を問わず、日常生活や仕事で生きづらさを感じている人に気軽に来てもらえるような環境を整えています」
他の人がスムーズにできることが、どうして自分はできないのか……。大人の発達障害者は日常生活や仕事で困難を感じたときに、初めて「自分は発達障害があるのではないか」と感じるそうだ。自分を責め、精神障害を併発する人も多い。
「身体障害と異なり、見た目ではわからないので、周囲の無理解にさらされ追いつめられる人も多いですね。発達障害者や精神障害者は、できることとできないことがはっきり分かれています。私たちが子どもの頃受けてきた教育では、”できないことはできるようになるまでやれ”と強要されることが多かったと思いませんか?」
そう言われてみると、筆者も子どもの頃、逆上がりができず、学校が終わった後も居残りをさせられた記憶がある。がんばったにもかかわらず最後までできるようにはならなかった。目標に到達できなかった悔しさが残り、自信を失った。
「無理矢理できないことをさせるのではなく、できない人はそれでいい、得意なことをどんどんさせてあげてほしいと私たちは思っています。発達障害者と同じ特徴を持ちながらも困難を感じずに生き、人生の終わりまで自分が発達障害だと自覚することがない人もいるんですよ。発達障害者は周囲の理解を得て、自分のできることを活かせる環境におかれれば、それが居場所となって苦しまずに生きられます」
相手を対等に見ることが必要
自分とは違う人たちを下に見たり、排除しようとしたりしているのが今の日本社会だと二人は言う。
「対等な目線で相手を見てほしいと思います。同情ではなく、多様性を認めること。それが発達障害者や精神障害者に限らず、困難を抱えている人たちに対してするべきことなのではないでしょうか」
続いて嘉津山さんがこんな話をしてくれた。
「知人の子どものクラスメイトにイスラム教徒の子がいます。知人の子どもは、宗教上の理由で”〇〇くんは豚肉が食べられない”という状況を当然のこととして受け入れています。
人はそれぞれ違うから食べられるものも違っていて当然だと思っていて、子どもたちは無意識のうちに多様性を認め合っているんですよね」
子どもの世界では、既に多様性を理解し合う社会が作られ始めている。
それでは、そういった多様性が当たり前だと知らないままに大人になってしまった人々が多い現在、ワーキングプアや外国人などのマイノリティ、困難にさらされている大人たちの居場所を作るにはどうすればいいのだろうか。尋ねると、上から目線の視点ではなく、多様性を認め合うことが必要だとふたりは訴えた。
「自分のことでも他の人のことでもそうなのですが、”人とは違うところがある”と感じたら、その特徴を欠点として”治す”のではなく”活かす”方法を考えてほしいです。アインシュタインなどの偉人も発達障害だったと言われていますが、彼らは欠点を自分の特徴として活かす方法を見出し、才能を開花させました。人は、決してひとりでここまで生きてきたわけではありません。いろいろな特徴をもった人が協力し合ってきたからこそ、地球上の生物は今も共存できているんです」
現役世代や若い世代が、近代史を振り返ることも大切だと金子さんは訴える。近代で培われた差別意識が困難を抱えている人々の可能性を閉ざし、「全員同じことを学び、均一にしよう」と強いてきたことの弊害は今もなお存在している。
障害や特徴を欠点と思わず、「活かす」。これは発達障害者をはじめ、生きることが苦しいと感じている人たちにとって救いとなるワードである。人々は時折、自分たちとは特徴の異なる人を見て、顔をしかめたり、その人の個性を欠点だと思ったりする。
しかし、人々が欠点だと思うそれが、その人の活かすべき個性である、と感じることができれば、対等な目線で相手と接することができるのではないだろうか。対等な目線で接し合うことができる環境は、生きづらさを感じている人にとっての居場所となる。
生きづらさを感じている人の居場所作りの先駆けとして、ブックカフェNeccoは存在しているのかも知れない。今はまだ少なくても、現代の日本には希望の光が灯されつつある。Neccoのシナモンティーを飲み身も心も温められながら、そんなことを感じた。
写真協力/ 社会福祉法人 なごみ福祉会 地域相談支援センター いろはにこんぺいとう・社会福祉法人 弥生会 地域相談支援センター アベク