岐阜県恵那市で“泊まれる古本屋”を目指してスタートさせた「庭文庫」。2018年4月28日、「良い庭の日」に古本屋として実店舗をオープンしてから、たくさんの方に応援してもらい前に進んできました。

「庭文庫」を営むわたしたちが、今考えていることや思っていることを言葉にしていくのが、この連載、「庭文庫からの手紙」です。

今回は、新型コロナウイルスで、わたしたちに起きたことと考えたこと。

百瀬 実希
1990年沖縄生まれ。大阪市立大学法学部卒業後、イベント企画会社勤務。東京在住中、批評家 若松英輔氏に師事する。2016年3月、岐阜へIターン。恵那市地域おこし協力隊として、移住定住相談や空き家バンク運営などの業務を行う。2017年から出張古本屋庭文庫をスタート、翌年4月には実店舗開店。庭文庫の広報およびイベント担当。

「さあやるぞ」の矢先、八方塞がり

八方塞がりだ、と思う瞬間がこれまで何度かあった。置かれた場所から全くに進めずに、どこにも到達することができないような閉塞感を覚えることがある。

人生のなかでしばしばそんな感覚に陥るたびに、同時に「この日をいつか、笑って話せる日がくるといいな」なんて思う。

そう思ったところで状況は変わらないのだけれど、本当にどこにも道がないなんてことはこれまでもなくて、よく息を吸って、夜寝て、ごはんを食べれば、なんともならないように思った日々に一筋のひかりが射していることに気がついたりする。

今回の新型コロナウイルスによって起こった事柄もそうだった。

念願だった「泊まれる古本屋」計画と出版社立ち上げの話がずいぶん進み、大家さんや保健所、消防署などにも足繁く通い、エクセルの事業計画とにらめっこして、「これなら、いける!」とふんで、2020年2月に宿と出版社立ち上げのためのクラウドファンディングをスタートさせた。

本当に嬉しいことにたくさんの方がご支援くださり、「さあやるぞ」となった矢先の、コロナ禍だった。

この状況の中、遠くから人を呼び込むことで、この地域に住むおじいちゃんおばあちゃんが感染してしまったらどうしよう、という不安もあって、庭文庫はしばらくおやすみをすることにした。おやすみをしている間にも、状況が良くなっているのか、悪くなっているのか、判断もつかず、しかし、おそらくこの先1年間くらいは宿泊の受け入れは1組のほうがよいんじゃないか、それで収支は合うのか――エクセルを開いて、頭を抱える日々を送った。

だめだ、八方塞がりだ、と思った。宿が始まるから、と古本屋と並行してやっていた仕事を人に譲った直後だったし、もしかすると宿どころではなく、古本屋さえ続けられないそんな日々が来るかもしれない。そんな不安をできるだけ払拭したかったけれど、やっぱり世の中がどうやって転がっていくかわからなくて、毎日ニュースを見て、げっそり疲れていた。本当なら今頃は、応援してくださったみなさんに、直接御礼を言っていたはずなのに、とひどく焦っていた。

小さくささやかでも、あたたかい何か

そんな中でも状況はすこしずつ動いてきて、庭文庫オンライショップをリニューアルしたり、給付金などによって、もしもこの移動自粛の状況が続いたとしても、とりあえずしばらくはもちそうだ、となって少しだけほっと息がつけるようになった。

これを書いている6月中旬も、いつ宿をスタートさせるか悩んでいる状況に変わりはないけれど、あの4月ごろの閉塞感はずいぶんと減ってきた。その閉塞感が減ったのは、お金についての心配が減ったことだけが理由ではなかった。

4月も、5月も、お金のこと以上に私自身を悩ませたのは、クラウドファンディングで支援をしてくださった方や今まで庭文庫に来てくださっている方ををがっかりさせたくない、という焦燥感だった。もしかしたら、GWや夏に庭文庫への訪問を考えていたかもしれない、多くの方々。今はまだ、大手を振って「どんどん来てください!」なんて言えないけれど、楽しみにしている方に向けて、なにができるんだろう、ってずっと考えていた。

お店の休業期間中、庭文庫のオンラインショップから本を買ってくださる方もいて、そのうちの半分は近くに住む常連さんだったので、直接配達に行くこともあった。配達に行くと、かわいい袋に入ったチョコレートや、素朴でおいしいクッキーや、おおぶりのぴかぴかのみかんや、お手紙をもらったりした。とても嬉しかった。

気持ちを伝えるのために必要なのは、華美な包装や豪華な品物なんかじゃなくて、その人の体温を感じるような、そんな小さくささやかでも、あたたかい何かなのだ、ということをまざまざと知った。コロナ禍でのわたしにとっての光明は、そんなささやかなものたちを贈ってくれる人たちがいることだった。

時代が変わっても、変わらないこと

自分でつくった便箋でお手紙を書こう。そう思うようになった(つくるといっても、家で印刷するより業者さんに発注した方が安いから、庭文庫の手触りが伝わるような便箋をデザインする、ということなんだけれど)。

デザイナーでもイラストレーターでもないわたしがつくる便箋は、おそらくすこし不格好だし、めちゃくちゃお洒落でかっこいいものにはならないけれど、それでもいいかなと思っていた。

できあがった便箋は、画用紙のような手触りの紙が使われている。表面には山々や川、本と珈琲、お店に良く居る猫の絵が描かれていて、裏面には、土間からお店の玄関を眺めている絵を描いた。封筒には、普段使っている消しゴムスタンプの庭文庫印が記される予定だ。

「時代が変わる」と、いろんな人がいろんなメディアで語っていた。

どんな風に変わっていくかわたしにはまだわからないし、時代を牽引するような、格好良い最高のオンラインサービスもはじめられないけれど。不格好のわたしたちのまま、クラウドファンディングを支援してくださった方や普段お世話になっている方に、この便箋で手紙を届けることが今は嬉しい。

もらった人は便箋なんて気にしないかもしれない。「そんなことしている場合じゃなくない?」と言われたらその通りなんだけれど、誰かにとっての小さくささやかでも、あたたかい何かになったらいいな、という祈るような気持ちと、それを受け取った人たちがまた庭文庫に遊びに来てくれたらいいな、という一抹の商売心が同時にある。時代がどんなに変わったって、お店をしていく上で、一番大切なのは、目の前の誰かひとりと一緒に居ることだろうって、信じている。

そうして、もう少し先、何ヶ月後か、何年後か、何十年後かわからないけれど、「あのときは、大変だったよね」って笑ってあなたと話をしたい。