「実は、子どもが産まれることになりました!」

グループSMSで友人からそんなメッセージが届いたのは、仕事のデスマッチの真っ最中。お祝いメッセージで鳴り止まないSMSの通知を切り、私はパソコンの画面に向き直った。

いつかは子どもがほしいと思いながらも、結婚して3年が過ぎた。

育休のないフリーランス稼業なので子育てと仕事の両立は必須だが、昔から要領が悪く、体力も脆弱な私である。まともにこなせる自信なんかなかった。だからといって仕事をやめれば、家計はいったいどんな惨事を迎えるのか。仕事も子育てもこなすフリーランスの知人は、体力や経済力、環境などの条件が私よりも整っているケースが多く、参考にしようとしても、心挫けるばかりだった。

そんなときに出会ったのが、結婚や妊娠・出産、子育て経験者の等身大の声を届ける活動を行う、NPO法人「ぱぱとままになるまえに」だ。

坂口ナオ
東京都在住のフリーライター。2013年より「旅」や「ローカル」をメインテーマに、webと紙面での執筆活動を開始。2015年に編集者として企業に所属したのち、2018年に再びライターとして独立。日本各地のユニークな取り組みや伝統などの取材を手がけている。

普通の人の、普通の話が聞きたい

「私自身、この活動を始めるまで、結婚や出産にポジティブなイメージがなかったんです」

そう語るのは、「ぱぱとままになるまえに(以下、ぱぱまま)」代表の西出博美さん。

普段からケンカを繰り返していた西出さんの両親は、彼女が17歳のときに離婚。「別れてしまうのに、どうして結婚なんてしたんだろう」との思いは、結婚への不信を生んだ。また、中学生のころに保健体育の授業で見せられた、叫び声の鳴り響く出産の様子を映したビデオは、その恐ろしさを印象付けるには十分だった。

しかし、23歳になったころ、はじめて身近な友人同士が結婚する経験をして「少しだけ、結婚に対する見方が変わった」。自分とライフスタイルが近い友人だからこそ、彼らが歩んだ道のりを追体験でき、結婚に対して抱いていた負のイメージが軽減したのだ。

その友人がつわりで苦しんでいたとき、「大変だね」と声をかけると「まだ豆粒みたいな大きさの赤ちゃんが自己主張してると思うと、すごく嬉しい」と、思わぬ答えが返ってきた。それは「そんな風に捉える人もいるんだ! と目からウロコが落ちるような」体験だった。

「特別な人の特別な経験の話じゃなくて、普通の人の普通の経験の話だったからこそ、心に響いたと思うんです。当時の私にとって、それはすごく新鮮な発見でした。この体験をもっと多くの人とシェアしたい! と思って、友人に『あなたの話を他の人にも聞かせてほしい』とお願いし、妊娠や出産について語り合うイベントを開くことにしました」

こうして2011年2月、「ぱぱとままになるまえに」第一回のイベントが開催された。


 

ノウハウよりも大切なこと

ぱぱままのイベントは、ゲストの経験談や質問コーナーに加え、「結婚の条件って?」「もし今、赤ちゃんができたらどうする?」などのテーマで、参加者同士のトークタイムが行われる。

もちろんそのなかで、結婚や出産、子育てにまつわるノウハウが共有されることはある。「でも、ぱぱままがイベントでやろうとしていることは、ノウハウの共有じゃないんです」と、西出さんは慎重に言い添える。

先述の通り、西出さんが結婚に対して良いイメージを持てなかった背景には、両親の不仲があった。しかしあるとき彼女は、全く逆の背景から「結婚したいと思えない」と悩む人に出会ったという。

「その子は『親が作ったような素晴らしい家庭を、自分に作れる自信がない』と悩んでいたんです。そこから思ったのは、生まれ育った家庭からしか結婚・出産後の生活をイメージできないことが、不安を生む原因になっているんじゃないか、ということでした」

だからこそ、ぱぱままでは「多様な家族の形を知ってもらうこと」を大切にしている。知れば知るほど、自分にフィットする形を試行錯誤しやすくなると考えているからだ。

また、結婚や出産、子育ては千差万別なものだからこそ、ノウハウだけでは取りこぼされてしまう人がいる。そうなってしまえば、その人は出口の見えぬ暗闇をひとり彷徨うことしかできない。ぱぱままのイベントは、そんなとき心の灯火となるような「つながり」を生むことに重きを置いているという。

「たとえば、つわりの苦しさって解決はできないですよね。でも、『つわりしんどかった』と言っていた人が身近にいれば、その人のことを思い出して気が軽くなったり、『あのとき言っていたとおり、つわりしんどいですね』と連絡したりすることもできる。ぱぱままはそういう、血の通ったつながりを提供できる場でありたいと思っているんです」

都会では特に、ライフステージによってコミュニティが分断されていて、まだ踏み込んだことのないステージにいる人とは出会いにくい。西出さんが「あえてごちゃまぜにした」コミュニティは、それまでひとりで悩んでいた人たちのよりどころとなり、はじめは妊婦さんだけをゲストに招いていたイベントは、次第に、結婚した人や父親などにもテーマを広げ、さまざまな「家族の形を伝える場」へと進化していった。


 

不安は不安のままでいい

「活動を通して『まま(ぱぱ)になりたいと思えました!』と言ってもらえることは多いです。もちろん参加者の喜ぶ顔を見るのは嬉しいし、やってて良かったと思えるけど、必ずしも前向きになってもらわなくてもいい、と私は思っています」

ぱぱままの活動が始まったばかりのころ、イベントに参加した人たちが軒並み前向きな感想を述べるなか、ひとりだけ「今日話を聞いて初めて、自分の中にある不安に気がついた」と言ってくれた人がいたという。

「その言葉を聞いて、ああ、私が本当に大切にしたいことはこれだったんだ、と思いました」

“ぱぱとままになるまえに、考えよう、ぱぱとままになるということ”

これは、2020年にリニューアルした「ぱぱとままになるまえに」のコンセプトだ。

2011年の立ち上げ当初は「ぱぱとままになることを、夢見ることができる世の中に」と謳っていたものの、活動を続けるなかで、ぱぱままが結婚・出産至上主義のように受け止められてしまうことに違和感を覚えるようになった。「変に言葉を尽くしても誤解を生んでしまうので」、極限までシンプルに、ぱぱままの姿勢を伝えることにしたのだ。

「私たちは、結婚や出産を勧めたいわけじゃないんです。本当にやりたいのは、たくさんの選択肢を見せ、考える機会を提供すること。その結果、結婚・出産しないことを選んでもいいと思っています」

結婚や出産に対する不安に囚われていた西出さんは今、結婚をし、一児の母となった。

ぱぱままの活動を始めるまで、「石橋を叩いて叩いて、絶対大丈夫と思えないと結婚も出産もしちゃダメ」だと思っていた。絶対に離婚なんてしたくなかった。でも実際は、「石橋を叩く間もなく結婚・出産してしまった」という。

「でも、ぜんぜん違和感はありませんでした。不安から開放される方法を探していろんな家族の形を知るうちに、『絶対大丈夫』なんてものはないと思えるようになったからかな。気付いたら、あんなにあった不安も消えてました。昔の自分は、自分で自分を『こうあらねばならない』という家族の型に押し込めようとして、苦しんでいたように思います」

2011年の立ち上げ当初は「ぱぱとままになることを、夢見ることができる世の中に」と謳っていたものの、活動を続けるなかで、ぱぱままが結婚・出産至上主義のように受け止められてしまうことに違和感を覚えるようになった。「変に言葉を尽くしても誤解を生んでしまうので」、極限までシンプルに、ぱぱままの姿勢を伝えることにしたのだ。

 

たくさんの家族の形を伝えたい

2020年にリニューアルした「ぱぱとままになるまえに」の活動は、webサイト「ぱぱままっぷ」への記事掲載を中心に展開していく。妊婦さんや子育て世代、同性同士のカップルまで、さまざまな「家族の形」を紹介する予定だ。

イベントだけでは、限られた数の人たちにしか話が伝えられない。でも、webの記事なら、一度に多くの人に届けることができる。自分がまったく知らない妊婦さんや子育て世代の話を聞きに行くのはハードルが高いが、記事を読んで「この人の話を聞いてみたい」と思えばイベントに参加しやすくなるかもしれない。

「記事を読んで共感してくれた人には、できればこういったリアルな場にも足を運んでほしいと思っています。経験者の話って、そうでない人にとってはリアリティが湧かないものですが、表情や息遣い、ぜんぶ含めて受け取ることで、言葉だけよりもずっと腹落ちするはず。そうして経験者と同じ道に進んだときには、リアルな場で生まれたつながりが、苦しいときの支えになるはずだからです」

そういえば、冒頭の連絡をくれた彼女は、私よりもずっとワーカホリックな人だった。

彼女は、どうやって仕事と折り合いをつけたのだろう。今、何に悩み、何に幸せを感じているのだろう。

まあ、今度会ったときにちょっと話を聞いてみてもいいかもしれない。まずは等身大の家族の形をひとつでも多く知ること。それがきっと、私らしい「家族」を考えるヒントになるはずだから。