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LOUDNESSだけじゃない!海外で活躍する地元密着系メタルバンドが札幌にいた―『SABER TIGER』インタビュー

北海道といえば、多くの有名ミュージシャンを輩出している地域です。北島三郎さん、細川たかしさんに始まり、松山千春さん、中島みゆきさん、安全地帯、DREAMS COME TRUE、GLAY、サカナクションなどなど。

そんな北海道から生まれたミュージシャンの1つに、今年35周年を迎えたヘヴィメタルバンドがあります。その名はSABER TIGER。「北の凶獣」という異名を持ち、札幌在住ながら日本全国はもちろん海外進出まで果たした、ヘヴィメタルファンの間では知らない人はいないという存在です。

そのSABER TIGERヴォーカリストの下山武徳(しもやま・たけのり)さんに、ヘヴィメタルとの出会い、地元・札幌に住み続ける理由を聞きました。

 

 


 

子供の頃に憧れていたバンドに加入

 

―下山さんはSABER TIGERに後から加入したそうですが、ヴォーカリストとしてのルーツについて詳しく教えてください。

 

実はもともと両親が音楽系の家なんですよ。父が民謡の家元で、母が日本舞踊をやっていまして……こう見えて意外とサラブレッドなんです(笑)。なので、小さい頃から色々な音楽に触れて好きだったんですが、ヘヴィメタルに限っていうと高校生くらいからですかね。DEEP PURPLEやRED ZEPPLEIN、KISSのようなメジャーどころは聴いていたんですが、やはり80年代前半のジャパメタ(ジャパニーズヘヴィメタル)ブームの頃から聴き始めた感じですよね。LOUDNESS、EARTHSHAKER、44 MUGNUM、そしてSABER TIGERですよ。

 

―ということは、もともとはファンだったバンドのメンバーになってしまったと。

 

そうです、子供心に『凄いバンドがいるな』と。それが、リーダーの木下さん(ギター担当)の次に在籍期間の長いメンバーになってしまいました(笑)。いつかSABER TIGERと対バン(同じイベントに出演すること)できればいいなくらいの気持ちだったのですが、縁というのは凄いものですね。

 

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―バンド活動自体はいつから始めたんですか?

 

中学校の時に学校祭のためのバンドを組んだんですが、最初のパートはギターだったんです。というのも、小学5年生の時にKISSに出会って『将来ロックミュージシャンになる』って決めていましたから(笑)。実は17~24歳の時に東京に住んでいたんですが、その期間はバンドを組めなかったんですよね。それで札幌に戻って来てから、『HOT TIME』というロックバーのマスターがバンドをやっていて、強引にヴォーカリストとしてバンドに入れられたのがきっかけでヘヴィメタルを歌うようになったんです」

 

―それまではヴォーカリストとしての経験はなかったんですか?

 

本格的にはありませんでした。25歳のときに初めて人前で歌ったので、かなり遅いデビューですね。初めて歌ってみたら、『俺、意外に歌えるんだ』って。僕はボイストレーニングをしたことがないので、全部が我流なんですよ。多分、ヘヴィメタルに向いていたんでしょうね。

 

 

デモテープ制作に関わった縁でSABER TIGERに加入

 

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―1997年にSABER TIGERに加入するのですが、どのようなきっかけだったんですか?

 

木下さんが、別のバンドで活動していた僕のことを知っていてくれて。ある時ロン・キール(アメリカ出身のヴォーカリスト)と木下さんでPROJECT ONEというバンドを結成したときに、ロン・キールに渡すデモテープの仮歌のレコーディングをお手伝いしたんです。その歌を気に入ってくれて、1998年に『BRAIN DRAIN』というアルバムでメジャーデビューすることになりました。

 

―SABER TIGERでは下山さんが歌詞を担当していますが、基本的に英語詞でたまに日本語詞があります。これらはどのような使い分けをしていますか?

 

SABER TIGERのコンセプトは『海外のリスナーにも聴いてもらう』なので、基本的には英語詞でいこうと。ただ僕は“言葉”を伝えたいので日本語で書いた詞を英語に直訳してメロディに乗せていたんですが、なかなかしっくりこなくて、最近は僕のイメージを英語詞を専門に書いている方に伝えて言葉選びをしてもらっています。それで格段に詞のクオリティが向上したんですよね。

 

―日本語で詞を書きたくなる時はありませんか?

 

日本語で伝えたいという衝動が強かった時期には、SABER TIGERを一時離脱してSIXRIDEという日本語で歌うバンドを立ち上げたこともありましたが、今はSABER TIGERで海外に焦点を合わせて活動していますね。日本ではなかなか売れない音楽なので(笑)、海外でどれだけ自分たちの音楽が通用するのかにベクトルを合わせたんですよ。そのときに、自分が書いた歌詞よりも英語圏のリスナーに伝わる歌詞を、ということで発音の練習もたくさんやりましたね。

 

札幌にいても海外と渡り合えるフォーマットを作りたい

 

―SABER TIGERが上京せずに地元・札幌に住みながら活動しているのはなぜですか?

 

大きな機材車に自分たちの機材を乗せてフェリーで移動するというのは不便といえば不便ですけど、北海道在住バンドの宿命ですからね。それよりも、このインターネット社会では、音源を配信するのもCDをオンラインで買うのも簡単になったので、住む場所は関係なくなったと思います。

 

―確かに、インターネットの普及で昔よりも地方のバンドが活動しやすい状況が整ってきていますね。

 

そういう意味では、札幌に住んでいるハンデはないんですよ。札幌は自分の故郷でもありますし、SABER TIGERが35年活動してきた場所ですから、多くの先輩たちが築いてきた伝統があるので、ここから世界に行くことができるという道を示したかったという思いが強いんです。その道は、僕らが作らないと……北海道は音楽に限らず文化度の高い土地だと思うので、この場所から才能のある人たちがどんどん出て行ってもらいたいですし、若いヘヴィメタルバンドも出てきているので、札幌にいても世界と渡り合えるというフォーマットを作りたいですね。

 

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―今年、オランダと韓国でライブを行い、近々にはヨーロッパでCDも流通されます。どんどん海外へ進出していますね。

 

今後どんどん活動の規模も大きくなっていく予定なので、僕らが札幌から発信している姿を見せていこうと思っています。SABER TIGERはロックミュージックシーンの中で、札幌からメッセージや情熱を発信していくので、若い子たちもそれに続いてほしいなと思います。

 


 

【取材を終えて】

ファンからは「アニキ」という愛称で親しまれている下山さんのライブを初めて見たのは、もう15年以上前のこと。下山さんがSABER TIGAERに加入して、すぐのライブだったように記憶しています。当時は新進気鋭のヴォーカリストだった下山さんも、すでにベテランの域に達しました。インタビュー後に行われたライブのMCでも話されていましたが「海外に出て演奏するということは、ベテランも何も通用しない。気持ちは新人のつもりで、海外での足場を作っていきたい」とのこと。このように、札幌在住で海外進出を果たすお手本が目の前にいるというのは、地方在住ミュージシャンにとっても頼りがいのある存在になります。バンドの異名は「北の凶獣」というちょっとコワモテな印象ですが、その内面は地域と音楽の未来のことを真摯に考えている、深い情熱を持ったミュージシャンなのです。

 

【ライター・橋場了吾】

同志社大学法学部政治学科卒業後、札幌テレビ放送株式会社へ入社。STVラジオのディレクターを経て株式会社アールアンドアールを創立、SAPPORO MUSIC NAKED(現 REAL MUSIC NAKED)を開設。現在までに500組以上のミュージシャンにインタビューを実施。 北海道観光マスター資格保持者、ニュース・観光サイトやコンテンツマーケティングのライティングも行う