不動産といえば、金銭的に余裕のある人たちが投資の一部として売ったり買ったりするもの、そんな風にとらえている人も多いのではないだろうか。少なくとも筆者はずっとそのように感じていた。
ところが、インタビュー開始早々、「不動産に関わっていない人っていないんです」と話してくれた人がいた。株式会社さくら事務所・代表取締役社長の大西 倫加さんだ。
その一言にはっとした。よくよく考えると、住んでいる家も、仕事をしに通っているオフィスも、そのときお話を聞いていたさくら事務所の会議室さえも、れっきとした不動産だからだ。
不動産における「かかりつけお医者さん」を自称するさくら事務所は、住宅のコンサルタントやホームインスペクション事業に関して、日本の草分け的存在。
ホームインスペクションとは、第三者の視点から建物を調査することで、その専門家をホームインスペクターと呼ぶ。欧米ではすでに当たり前に行われているこれらの活動を研究・アレンジし、約20年かけて徐々に日本に根付かせてきた。
なぜ住宅のホームインスペクション、「不動産におけるかかりつけお医者さん」が必要なのか。大西さんにお話を伺った。
異業種からの転職で、直面した苦悩
もともとは広告代理店などでPRやマーケティングの仕事に従事していた大西さん。不動産業界に関わることになったのは、とある勉強会を機に、クライアントとしておつきあいが始まった。
「さくら事務所を担当し、早い段階で成果を出すことに成功しました。理由として業界の中でも中立な立場で住宅のコンサルタントやホームインスペクション事業を展開している会社が珍しかったことと、手前味噌ですが創業者が非常にビジョナリーな人間で、描いていたビジョンに真摯に仕事をしてきたことで、様々な方に応援をいただくことができたんです。そして、私の退職をきっかけに、フリーエージェントとして関わるようになり、役員になり、最終的には社長を交代しないか……というお話になったんです」
大西さんの人柄と、能力の高さを感じられるエピソードだ。とんとん拍子に話が進んだかに見えるが、その裏には苦悩もあったという。
「不動産業界は、最もレガシーな業界のひとつです。私がジョインした18年前は、時代的にもまだまだ男女平等な社会ではなかったため、お恥ずかしい話ですが、当社にも“男尊女卑”が横行していました。当時の私はPRの専門職として従事していましたが、『女に何ができる』と不安視されたこともありました」
大西さんが女性であるということで社内の反発があっただけでなく、脅迫電話やネットへの誹謗中傷など、社外からの風当たりも強かった。これはさくら事務所が行う業務が、もともとは日本に存在しなかったホームインスペクション、つまり第三者による“セカンドオピニオン”を出すものだったことにも起因している。
自分たちが建てた住宅に、いちゃもんをつけられていると錯覚するような事業者も少なからずおり、「嫌われるどころか憎まれていたと思います」と、大西さんは当時を振り返りながら穏やかに話す。
自分たちの事業が最善だと信じて
それでも大西さんが役割を全うしてこられたのは、創業者の目指す理想に共感していたことが大きい。この想いは、創業から一貫して行っている事業への共感と言い換えることも可能だ。
では、さくら事務所は一体どんな信念のもと、事業を行ってきているのか。そこには、不動産業界に根付く、ある種の“歪み”があった。
「日本は欧米に比べて、建売やマンションなどを買って、自らの手で暮らしに合わせてカスタマイズして快適性を上げようという価値観や文化が希薄です。これにより生じる無関心や経験値の少なさが、結果として住宅の耐久性や資産性を低くすることにも繋がっています。また、生活者の方は、不動産のことは不動産会社というひとつの窓口を頼れば何とかなると思いがちですが、実際は建築士や宅建士などというように、専門性が細かく縦割りになっているんです」
これは、都市部に人口が集中したことで、それぞれの事業者が多能工化する必要がなくなったという背景もあるらしい。従来、地方などの人口が少ない地域では、工務店が家を建てることのみを専門にしていても事業としての成長が見込みにくく、売買やリフォームまで手広く請け負う必要があった。そのため、どんどん担当領域を拡大させていくことがほとんど必須となっていたのだ。
ところが、都市部の不動産会社では、建築士は家を建てることに特化し、売買や維持管理については専門外というような、各セクションの繋がりが分断される事態が発生していく。
「そういった背景があるから、不動産の現場には思いもよらぬところに落とし穴があって、取引上のトラブルだったり、あまり専門じゃない領域でエラーが起こったり、それで失敗や後悔をされる生活者が続出しているんです。でも、さくら事務所は、あらゆる専門家がチームでお一人に対してカバーできる体制を作っているので、頼ってくださるご依頼者へさまざまな領域をまたぎアドバイスをお伝えできます。そういうところが強み。
さらにこの事業を通して、不動産を住居として利用している人も、投資用として活用している人も、無意識に享受している不動産が絶対的に安心でき快適で、資産が下がらない状態にできれば、日本人の人生自体がもっと豊かで彩りのあるものになるだろうと確信しています」
そのために、様々な分野の専門家をネットワークし、第三者の視点で不動産の調査を行い、依頼者にとって最適なアドバイスを行う。一見すると、当たり前の流れのようだが、それすらできていなかった日本の不動産業界へのテコ入れを担っているともいえるだろう。
そして、それを達成することこそが住む人、活用する人たちの豊かさに繋がると信じている。大西さんは、この考え方に共感しているのだ。
合理性の先に広がる大きな愛
住まいにそれぞれなりの快適性や耐久性・資産性を求めること、そしてそれを意識すらしなくても豊かであるという状態を目指しているさくら事務所。だからこそ、大西さんは働く社員の幸福をも一番に考えている。
「私がこの仕事を続けられたもうひとつの理由に、社内で優秀な女性が仕事を続けられない仕組みに問題を感じていたということもあります。自分が女性としてそれなりに成果を出しながら会社の中心にいることで、彼女たちが続けていけるように、またもっと仲間を増やしていけるような仕組み作りをする側に携われたらと思いました」
これにより、かつては困難だったという子育てをしながら仕事を続けることも可能となり、女性のメンバー急増はもちろん、女性役員もうまれた。
大西さんによる改革はこれだけにとどまらない。今でこそ当たり前になっているリモートワークを、なんと10年以上も前から導入していたというのだ。
「私自身、すごく合理的な人間です。自分のパフォーマンスを最大化できる働き方が、会社にとっても高いパフォーマンスをもたらすと考えています。1日が24時間であることは絶対に変わらないので、その中でいかに可処分時間を最大に膨らませられるか。ここを突き詰めたときに、移動時間がすごくもったいないと思ったんです」
だから、さくら事務所では外出先から一度会社に戻ってタイムカードを押すという風習がないばかりか、不必要に混雑時間帯の電車に乗ることも避けられるような仕組み作りをしている。
「潜在能力が1番発揮されるのは、余計なストレスがかかっていないとき。それなら、満員電車に揺られて気力・体力をともに削がれる状況はできるだけ取り去った方がいいですよね。なので、リモートワークだけでなく、自分のパフォーマンスが最大に発揮できる時間帯に働けるよう、以前からフレックス制度も導入しています」
また持病で一時的に休職が必要なときや、家族の介護や看病、育児、自分の学びや副業などに時間を割きたいときには、最大限寄り添ってくれる土壌も育んだ。そうすることで「会社にとっても、優秀な人材とずっと繋がった状態でいられる」と話す大西さんからは、合理性の中にも社員への深い愛情が垣間見える。
「会社という箱がこうだから、あなたのライフスタイルを合わせなさい、ではなくて、個々の人生があって、その中に会社が合わせていけばいいんじゃない? と。たとえ細くてもずっと長く絆を繋げていきたいんです。欲張りですけど(笑)」
豊かさとは、自由
社員への愛に溢れた大西さんが目指すものは、至ってシンプルだ。
「我々は調査会社ではなくコンサルティング会社なので、アドバイスにこそ存在意義や付加価値があります。第三者としてインスペクションをした上で、ご依頼者にとって唯一無二の不動産かどうかをアドバイスさせていただいたり、その方にしかないご希望を叶えたり。その結果、不動産のことなら、あそこに聞いておけばすべて解決するという会社を目指していきたいです」
不動産にはあらゆる選択肢があることを知ってもらい、さらにその選択肢を増やすこと。一人ひとりの人生をより豊かに美しく彩るというのが、大西さんをはじめさくら事務所で働く全員の総意なのだ。
最後に、大西さんにとっての豊かさを聞くと、個人個人によって全く異なると前置きをした上で、こんな答えが返ってきた。
「本当に自分らしく、思うように生きていけること。自由こそ豊かさです。誰からも左右されず、気を遣うこともなく、その人らしく生きることを、お互いに尊重したり、尊敬しあえたりする社会が豊かだなと思います」
社員、依頼者、それぞれの豊かさを重んじることの尊さを知っている大西さん。彼女が作っていく不動産の未来は、明るい。