東京都北東部に位置する地域・山谷。かつて「ドヤ」と呼ばれた簡易宿泊所が立ち並び、日雇い労働者が集まるまちとして知られていた。現在では、日雇い労働者が高齢化したこともあり、生活保護受給者を対象とした「福祉宿」がほとんどとなっている。
そんな山谷で、観光客と生活保護受給者向けにホテルを運営しているのが、一般社団法人 YUIの義平真心さん。福祉と観光両面からのまちづくり活動に取り組む義平さんにお話を伺った。
アイキャッチ写真:ホテル寿陽で働くシーザーさんと
福祉と観光のバランスが必要なまち、山谷
一般社団法人YUIは、山谷で3つの簡易宿泊所を運営している。観光客向けの“ホテル明月”と“ホテル寿陽”、そして生活保護受給者向けの福祉宿“ホテルありあけ”だ。
なぜ観光客向けと生活保護受給者向けの両方の宿泊所を運営しているのか。その理由を義平さんに伺った。
「山谷は福祉と観光、両方のバランスが必要な地域だと思うんです。ひとつの問題を見るだけではなくて、バランスを取りながらまち全体がよくなるよういろいろなやり方を模索する方がいいかなと。観光をよくするなら、福祉もきちんとよくしていくことが必要だと思います。観光を活性化して、地域にどう貢献するか考えていかなくてはいけません。元ホームレスの方の就労支援に観光分野を絡めたりして、両立ができるといいですね」
観光客向けにホテル明月の運営を始めたのは2009年のことだ。運営初期の段階で受け入れた元路上生活者の方の姿が印象に残っているという。
受け入れ当初の彼は、表情もなく、服装も風変わり。周囲と会話することもなかった。義平さんたちは少し不安に思いながら様子を見ていたという。
年の暮れも押し迫ったころ、彼の部屋の清掃からコミュニケーションは始まった。
「気を使いながら『すいませんね、清掃入ってもいいですか』と声をかけました。この辺りで時々見かけるのですが、その人もビニール袋をいくつも持っていました。臭いもあったので、本人の許可を取って、全部屋上に持っていって解体したんです。その中に食べ物などがぐちゃぐちゃに混じって入っていたりしました。分別もして、『これ大事そうだから、とっておく? 』なんて話しかけて。そういうやりとりを何回か繰り返ししてるうちに、だんだんと彼に表情が出てきたんです」
表情が明るくなると同時に、服装もこざっばりしていくようになったという。
「人って変わるんだな、と実感しました。やっぱり『ホームレスだから寝るところがあればいいだろ』という見方では駄目なんです。衛生的な環境で、人として暮らせる環境でこそ、自尊心の回復ができるのではないでしょうか」
清潔な環境を整え、きちんと丁寧に接することで、人との関係性ができていくのは、路上生活者の方も私たちも全く変わらない。義平さんも、「早くして」などと尖った口調にならないよう工夫しているんだそう。伝えるべきことはしっかりと伝えながら、柔らかくコミュニケーションをとっていくことが重要だ。
まずは清潔な環境からーー福祉宿”ホテルありあけ”設立
ホームレスだからこそ尊厳の回復が必要だという義平さん。自立支援施設での滞在経験を持つホームレスの方や簡易宿泊所の長期滞在者の方へのヒアリングも大きな気づきだった。
「処遇的にとてもいられる場所ではなかった」という感想をしばしば聞いたそうだ。生活保護の受給額のほとんどを徴収される上、怒鳴って命令されるなど生活もしづらい状況にあるという。
自立支援施設でもなく、野宿でもなく、より自然に生活ができて尊厳の回復につながるような支援方法はないかと考えた義平さん。2014年に路上生活者向けのホテルありあけを立ち上げた。
もともとは普通のドヤだったありあけ。改修をして、明るいホテルに生まれ変わった。
「初めて中に入ったときしばらく使用されてなかったのでお化け屋敷のようでした(笑)。その中でもものすごく細くて狭い部屋があって、監獄を見てるかと思いました。窓も北向きで、別の建物が光を遮っているので全然日も入らないし。生活臭も漂う感じでした。こんなところにいたら大変だわと思いましたね。部屋を解体、改装してラウンジにしました。壁紙も変えたら全く印象が変わったんです。きれいなところに住めるだけでも自尊心の回復につながると思うんですよ」
中には、多人数での共同生活には不向きな人もいる。アパート希望の人は、一人暮らしと自立ができるように取り組んでいる。個々の事情にしっかりと向き合っているのだ。
そんな義平さんが山谷に着目したのは、アメリカの博士課程で学んでいたときの出来事がきっかけだ。日系の先生に、山谷に関する記事を見せられたのだ。炊き出しのボランティアから関わり始めた。当初は自身が山谷に深く関わるとは考えてなかったという。専攻していたコミュニティー開発のテーマとして興味深く感じ、日本に戻ってから本格的に活動を始めた。
「みんなにとっての山谷の入り口」を作りたい
山谷の難しさは、さまざまな主体が混在しているところだ。横浜の寿町や大阪の釜ヶ崎など他のドヤ街と異なり、一般住民が住むエリアと簡易宿泊所のあるエリアの境界線がはっきりしていない。そのため、山谷でのまちづくりは一般の地域住民との合意形成が重要になってくる。
「地域の方のお話を聞いていると、やっぱりホームレスの方に対してよい感情は持たれていません。まちづくりにおける合意形成をどうやってするのか、すごく難しいところです。だけど、逆に難しいところをメリットにもっていけるようなやり方を模索するべきなのかと。いろいろな人たちがいる中で、地域の信頼関係を重視したまちづくりをしていきたいです」
観光客が宿泊するだけではなく、滞在できるまちになり、お金を落としてもらう。そうすることで、地域が潤い、福祉宿に滞在する人が就労できたり、地域で活躍できたりする場を作っていく。観光と福祉のバランスが上手く保たれた地域が、義平さんが目指す山谷の姿だ。
生活保護を受けつつも、働きたいという希望を持つ方も多い。そういう感覚を持つだけでも自尊心の回復につながるし、働くことによって居場所もできる。福祉宿の住人たちと一般の地域住民、そして観光客など外部の人々が共生することによって、多様性のあるまちになる。山谷に誇りを持ってもらえるようにするのが、義平さんの目標だ。
「単身高齢男性だけのまちでは、活力は生まれません。いろいろな方に来ていただいて、交流が生まれることによって、経済を回していきたいです。その循環に乗っかって生活していける人も出てくるし、福祉が経済の重荷ではなく、ある程度経済で福祉を回して包容力のあるまちにしていきたい。最終的には、山谷に住んでいる人自身が『俺、山谷に住んでるんだぜ』って誇りを持って言えるようになることがゴールです。『ちょっとここ変わってるけど、おもしろいまちだね』って言われる方が健全だと思います」
宿泊だけのまちから滞在できるまちにしていくため、義平さんが目指しているのが“さんやカフェ”のオープンだ。
軽食やケーキ、コーヒーなどを提供する予定で、2018年2月オープンを目処に活動しているという。ホテル寿陽のラウンジを改装する計画を立てている。コンセプトは「みんなにとっての山谷の入り口」。「山谷に少し興味があるけれども、どこに行けばいいのか分からない」という人が入りやすい場所にしたいという。
「簡易宿泊所にいるおじさんたちが、まちの人とのあいさつを交わすきっかけにもなればいいですね。まちの人とおじさんたち、同じまちに住んでいてもお互いを全然知らないんです。まちの人たちも、おじさんたちの意識にちょっと触れられるような。一言二言交わすだけでも、偏見を少しずつ壊していくことはできると思います。人と人としての付き合いができればいいなという。旅行者も、山谷を知りたいと思う外部の人も。それぞれにとっての入り口にしたいです」
観光客にとってもさんやカフェは憩いの場所となる。外国人観光客にして見れば、地元のお店は少し敷居が高い。遅めの時間になると多くの店が閉店してしまう。そんな彼らに気兼ねなく食事を楽しんでもらう、そして周辺のお店の紹介等案内所の役割を果たすのが、「滞在できるまち」への第一歩だ。
カフェ周辺の清掃システムを作ることも検討している。まちの掃除をしてくれた路上生活者に、さんやカフェで食事を提供するというものだ。
路上生活者や福祉宿の滞在者の中には、ゴミをポイ捨てする人もいる。一般の地域住民も眉をひそめ「福祉宿があるとよくない」というイメージにもつながっている。
その状況を打開するため、路上にいるおじさんたちに話しかけて、一緒に清掃していこうと義平さんは考えている。
「炊き出しに並ぶんじゃなくて、労働の対価としてごはんを食べられた方が気持ちいいと感じてもらえたらしめたものですよね」
清掃をすれば食事ができるというシステムにすれば、炊き出しのような緊急支援の援助ではなく、社会参加につながる。
「まちの一員としての誇りができたり、生きがいづくりになったり。山谷のまちとともに生きていくっていう感覚が生まれてきたらまちを汚さなくなると思うんです。もしかしたら、まちの人も『ありがとうね』という声を掛けてくれるかもしれないじゃないですか。そんな、お互いを認めあえる環境のプロデュースをしていきたいです」
【編集後記】
一過性の支援ではなく、ひとりひとりの事情を踏まえ、自立まで考える義平さんの姿勢が印象的でした。福祉と観光の両軸で山谷が活性化し、「山谷に行ってみたい」という声が増える日が楽しみです。その一歩が「山谷カフェ」となりそうですね。