「旅する大学」と聞いて、どんな大学を思い浮かべるだろうか。

決まったキャンパスではなく、提携している地域を拠点に暮らしながら学ぶ。講義はオンラインで受けながら、各地域の人々とともにプロジェクトを進めていくことが実際の『学び』となる。

そんな、少し変わった大学の名は「さとのば大学」。

「大学」と名がつくものの、学位がとれるわけではない。この大学は、地域を舞台に挑戦力を育む、民間の学び舎なのだ。

坂口ナオ
東京都在住のフリーライター。2013年より「旅」や「ローカル」をメインテーマに、webと紙面での執筆活動を開始。2015年に編集者として企業に所属したのち、2018年に再びライターとして独立。日本各地のユニークな取り組みや伝統などの取材を手がけている。
ウィルソン 麻菜
1990年東京都生まれ。製造業や野菜販売の仕事を経て「もっと使う人・食べる人に、作る人のことを知ってほしい」という思いから、主に作り手や物の向こうにいる人に取材・発信している。刺繍と着物、食べること、そしてインドが好き。

誰かを喜ばせるために働く、小さな経済圏の暮らし

さとのば大学を立ち上げたのは、株式会社アスノオトの代表・信岡良亮さん。きっかけは、島根県海士町に移住したことだった。

「東京でWebディレクターとして働いていた頃から、地方創生やソーシャルイノベーションなどの社会課題に関心を持っていました。でも、知識は増え続けるものの、実感の伴わない現実にモヤモヤもしていました。海士町での暮らしは、そんな私の視界を大きく拡げてくれるような体験だったんです。」

人口約2,300人の海士町には、スーパーもなければコンビニもなかった。ネットショッピングはできるが、届くまでに時間がかかる。その代わり、物の貸し借りや物々交換が頻繁に行われ、それが町の経済活動にもなっていた。

「この町の小さな経済圏は、お金よりも、信頼や嬉しさによって回っていました。たとえば、海士町で漁業権を得るには、まず漁師さんの間で交わされる協議に通過しなきゃならない。『あの人なら信頼できる』と認めてもらえて初めて、権利を得ることができるんです。また、僕が移住したばかりの頃、町のいろんな人から野菜やお魚などのおすそ分けをいただきました。理由を尋ねると『地域のために頑張ってくれてるから』と言うんです。」

あるときには、家の間口に魚が入ったバケツが置かれていたこともあったという。「誰がくれたのか分からないから、地域にお返しをするしかない」と信岡さんは笑う。

「海士町には、お金をもらえるわけでもないのに、当たり前のように道路脇の草むしりをしたり、神社の参道にお花を植えたりする人たちがいました。みんな、お金のためではなく、“誰かを喜ばせるため”に働いていたんです。それってすごく“リアルな手応え”ですよね」

 

田舎にとっての「社会課題」は「明日の生活」

しかし、そんな豊かな暮らしは消滅の危機に頻していた。原因となっていたのは、「人口減少」だ。

人口減少は都会でも社会問題として認識されてはいるが、人々の暮らしに影響が出るほどの現象にはなっていない。その点、田舎にとって人口減少は切実な問題だ。もともと人が少ないため、そこからさらに減ることは、商店がなくなり、魚を獲る人がいなくなり、野菜を育てる人がいなくなり、生活が立ち行かなくなることに直結する。

都会では、「地方創生」「ソーシャルイノベーション」なんて言葉が声高に叫ばれているが、田舎のスナックでは、毎日のように「明日の俺らの生活どうする?」という会話が交わされている。田舎にとって「社会問題」は、リアルな生活なのだ。

「現実感のないまま社会貢献を語り、誰を幸せにするのか分からないままお金を稼ぐために働いていた自分にとって、海士町での暮らしは、リアリティに溢れていました。その暮らしの一員となってリアルに向き合うことは、挑戦する心を自分のなかに取り戻すような体験でした」

この体験を、もっと多くの人とシェアしたい——。

そんな想いの末に生まれた案が、地域のリアルを「学ぶ」場の提供だった。

「挑戦する人が増えれば、世界はきっと、もっとワクワクするものになる。ひとりではできないことも、仲間がいれば可能になるかもしれない。だから、そのための仲間作りを、まずははじめようと思ったんです」

こうして、2016年にオンライン講座「地域共創カレッジ」が開講。2018年には、より実践的なフィールドワークも加えた「さとのば大学」が開講した。

 

答えのない課題なら、一緒に考える仲間を増やそう

さとのば大学の講師は、日本全国にいる地域の活動家や、課題解決に必要なスキルや考え方を持ったさまざまな実践者たち。午前中のオンライン講義は、講師と複数の受講生が同時中継でつながり、仲間との関係性の作り方をはじめ、地域との関わり方、課題を咀嚼し思考に落とし込む方法などをテーマに、ディスカッションを交えながら学習していく。

午後は、さとのば大学と提携する地域のメンターや、受け入れ企業のもとで研修を受ける。企業から与えられた課題に取り組むなかで、自らがやりたいと思う新たな課題が見つかれば、企画をし、取り組みを開始するのも学習のひとつだ。昨年は、「生き物の命をもらって生きていることをもっと多くの人に感じてもらいたい」と「死生学カフェ」なる企画を開催した受講生がいたという。

すでにどこかしらの地域で活動している人向けの「マイフィールドコース」もあり、そちらはオンライン講義を受講しながら自分が関わる地域を活性化していく。

全国にそれぞれの地域で活動する仲間ができるのも大きな利点だ。答えのない地域の課題に向き合うことは苦しいが、志を共にする仲間がいれば、お互いに知恵を分け合い、励ましあいながら前に進むことができる。

「地域留学コース」と「マイフィールドコース」、それぞれ3ヶ月と6ヶ月の受講期間が選べるようになっている。いずれは学位がとれるような4年制の大学に育てることも視野に入れているが、現在はあくまで民間の学び舎。とはいえすでに、大学の講義にさとのば大学の講義が組み込まれるような動きも出てきているという。

 

学ぶことは、未来を変える力を手にすること

「今、都会の若者の多くが、社会に対して少なからずの無力感を抱えているように感じています。その根本には、社会を大きくしすぎたことによる、自分でコントロールできないことの増加があるのではないかと思っているんです」

さとのば大学では、なぜ地域のリアルを「学ぶ」のか、との問いかけに、信岡さんはそう、ゆっくりと答えた。

地域で「働く」ことは、身近な誰かを幸せにする実感を得やすい。また、社会課題がダイレクトに自分の生活を直撃する地域の暮らしは、しんどくもあるが、魅力にもなり得る。都会よりもダイレクトに、自分の生活を良くすることが、社会を良くすることと紐づくからだ。

地域は社会の原点だ。だからこそ、地域の暮らしを知ることは、大きく、遠く感じられた「社会」を近くに感じさせてくれる。そして人は、自分や身近な誰かのためになら力が湧いてくる生き物だ。だから、さとのば大学では、ほしい未来を創る力を育むために、地域を舞台に「学ぶ」のだ。

「無力感って、『未来は変えられない』と思うから感じるものだと思うんです。だからこそ『学ぶ』ってすごくポジティブな行為ですよね。学べば、今は持っていない知識や力を身につけることができる。そしてそれは、未来を変える力になるかもしれないんですから」