世界中で「今日、食べるものがない」「明日から食べ物を得ることができない」事態に陥っている人が多くいる。“コロナショック”が広がるなか、その危機は、先進国・後進国にかかわらず、より多くの人に差し迫っているだろう。

一方で、「本来食べられるにもかかわらず捨てられている食品」が多く発生していることも、先進国を中心に問題視されている。日本も例外ではなく、その量は年間500〜800万トン。日本で年間生産される「お米」と同じくらいの量だ。

そんな「もったいない食品」と「食べるものがない人々」。そのふたつをつなぐフードセーフティーネットの構築に取り組む、セカンドハーベスト・ジャパンCEOのマクジルトン・チャールズさんにお話を伺った。

佐藤 由佳
1993年東京生まれ。新卒でWebディレクターを経験後、フリーライター・編集者に。ソーシャル・クリエイティブ・デザインなどのテーマで取材・執筆を行う。

まだ食べられるのに販売できない食品を、必要な人に

セカンドハーベスト・ジャパン(以下、2HJ)は、今年で活動開始から20年。当初は「路上生活者のための炊き出し用に食材を集める活動」からスタートした。

現在は、企業や個人から「まだ充分に美味しく食べられるのに、さまざまな理由で販売できない食品」などを食品寄贈で受け入れ、病気で働けなくなったり、失業したりなど、経済的な困窮により食べ物を得ることが難しくなった人々に無料提供している。寄贈されるのは、規格外品でスーパーで販売できない野菜や、防災用として備蓄していたが賞味期限が迫ってきた食品など、あらゆる事情で行き場を失っている食品だ。

「社会生活の中で、安全かつ十分に栄養のある食べ物が得られること。これを『フードセキュリティ』と呼んでいますが、日本でフードセキュリティに欠けている人は6人に1人もいるんです。2HJは食品を提供したい企業・個人と、食品を必要としている方をつなぐ、“仲介役”を担っています」

2HJが目指すのは、フードセーフティネットの構築。この仕組みは社会にとって、病院や図書館のような「公共資産(Public assets)」になるものだと、2HJは考えている。

「一方では食品が余っていて、もう一方では食品が不足している。だから、必要なところに必要な数の食品をマッチングしていきます。フードセーフティネットが構築された社会とは、『全ての人』が十分に食べ物を得られる社会。今生活が困窮している人だけでなく、今日は大丈夫だったけれど災害が起きて明日から急に厳しい…という場合もありますよね。そのような緊急時にも、すぐに食品を確保できるような体制の構築を目指しているんです」

取材に訪れた浅草橋のオフィスに併設されている「marugohan マーケット」も、「パントリー」と呼ばれる食品の無料提供拠点の一つだ。デザインされたおしゃれな空間に、企業や個人から寄贈された加工食品、新鮮な野菜、冷凍・冷蔵食品などが並んでいる。

これまで2HJが設置してきたのは、食品をパッケージ化して同じ内容の食品を手渡す、倉庫型のパントリー。marugohan マーケットは、従来型のパントリーとは異なり、利用者が自ら一つずつ商品を「選び」受け取れる仕組みになっている。利用回数の制限はなく(月で受け取る量には制限がある)、必要な時に必要な分の食品を、受け取ることができるパントリーだ。スタッフの方が店内を案内をしてくれた。

「ここは、利用者の方がスーパーマーケットでお買い物をするような形で食品を受け取ることができる、新しい形のパントリー。たとえば『一度に受け取る量が多くて食べきれない』『子どもはいないのにお菓子がこんなに入っている』など、従来型では商品を受け取る側のニーズを充分に汲めていない課題がありました。そうするとせっかく寄贈された食品に、二次的な“もったいない”が発生してしまう。加えて、気軽に入れる店舗デザインにすることで食品を受け取るハードルを下げ、好循環を生む拠点として機能しています。 たまに普通のお店と間違えて入って来る方もいらっしゃるくらいなんです」


 

自身の心と向き合った「ホームレス生活」の経験

2HJに特徴的なのは、marugohanに見られる革新性だけではない。チャールズさんは、対等な形で人と関わることを意識している。誰かを「助ける」ことは目的やモチベーションではないのだという。一体どういうことなのだろうか。

「私たちの活動は『義務感』や『責任感』のもと、誰かを助けたいから行なっているものではありません。2HJの活動は『Why』が起点になっています。目的は『全ての人に十分な食べ物を提供する』こと。余剰食品を、食の支援を必要とする人々へ届けるというフードバンク活動が好きだから、その活動を楽しんでやっているんです。

『相手を助けたい』という目的で活動をすると、それは間接的に『あなたは間違えていて、あなたは何かを変えなくちゃいけない』というメッセージの発信になると考えています。私はそうではなく、『(仕組みがあるから)どうぞ使ってください』という姿勢で、食品を受け取る側にも、食品を提供する側にも接するようにしています。誰が上で、誰が下ということはない」

チャールズさんがこの考え方に至ったきっかけは、自分自身の心と向き合った経験にあった。活動を始めた当初は「ホームレスの方の自立センター」を立ち上げようと考えていたものの、自分自身はまだわかってないことが多いと考えたという。そこで、ホームレス生活を経験しようと、隅田川の川沿いでダンボール生活を始めたのだ。

「貧困や飢餓の問題、それがなぜ発生するのか。頭の中ではある程度わかっていました。でも、心ではまだわかってなかったんです。ダンボールの中で寝泊まりした経験を通して、考え方が変わったし、人生が変わっていきましたね」

 

私は「あなたの問題」の責任者ではありません

はじめは3ヶ月を予定していたが、結果的に1年3ヶ月に及んだホームレス生活。その中でチャールズさんは、ダンボール生活をする人たちとの距離を縮めたり、距離を感じたりすることで、「人との対等な関わり方」を体得していったのだろう。

「私たちは現在、上野公園での炊き出しもしていますが、路上生活でフラストレーションが溜まっている人もいます。『おい、早く出せよ!』と苦情を言われることもある。でも私はその時『私はあなたの問題の責任者ではありません』と考えます。

だから『ここは牛丼チェーン店ですか?』『百貨店ですか?』って質問するんです。その言葉には、3つの意味があります。一つ目は、あなたに対して友達のように関わっていくこと。二つ目は、あなたをかわいそうだとは思っていないこと。三つ目は、あなたを信用していること」

こうした接し方をすることで、相手のフラストレーションは解消していくのだという。同時に、スタッフ自身が疲弊してしまうことも防げるのだ。NPOで活動する人の中には「私は持っているのに、あなたは持っていない。だから助けなきゃ」と、ある種の罪悪感を感じて活動している人もいるだろう。それによって疲弊してしまったり、活動が続けられなくなったりすることもある。いかに無理なく活動できるかが、NPOの継続性における大きな鍵だろう。

「罪悪感で活動をしていると、解決の方法は相手を『助ける』ことになります。そしてその場合、助けるとは『罪悪感を感じる対象がいない状態』にすること。大きなプレッシャーになってきますし、それは非常に難しいことだと考えています。『かわいそうだからなんとかしてあげなきゃ』という発想は対等じゃない。対等な関係をいかに作れるかが、双方のストレスを解消するんです」

 

「小さなチャーリー」の記憶と共に

大家族に生まれたというチャールズさんは、自身も幼い頃に『食べ物が足りなかった経験』をしている。最後に、2HJが始まった背景である、チャールズ氏のこれまでの経験について聞いてみると、幼い頃に教会で行われたイベントに参加した時の経験について話してくれた。

「みんなが集まって食卓を囲んだ後、テーブルの上にパンが残っていました。それをどうするのか大人に聞くと『捨てる』って言われたんです。いつもお腹をすかせていた私は、その時『捨てる?もったいない!』って思ったことが、印象的に記憶に残っています。そのパンをもらって手にすると『安心感』を得られました。だから今でも、どこか頭の中に『小さなチャーリー』がいて、過去の自分自身のためにやっている部分もあると思います」

チャールズさんにとって2HJの活動は、“投票”でもあるのだという。どんな社会を未来に残したいのか、どういう社会に住みたいのか。その気持ちを活動で表明しているのだ。

「よく私は、『日本を助けるためにやってきたアメリカ人』と言われるのですが、個人的にはそう思っていません。今まで関わっていただいた多くの人のおかげで、今があると思っているので、恩返しの気持ちで活動をしているんです。
私は日本国籍を持っていないので投票ができませんが、2HJの毎日の活動が私にとっての投票のようなもの。『自分の目の前にあって、自分ができること』をすることが投票行為になり、エネルギーが湧いてくるんです」