桜の木が並ぶ閑静な路面に建つ、まるでカフェのようなガラス張りの空間。その中に見えるのは、ミシンに糸、それから、革。——そう、ここは革製品の工場。

高品質の革を使った完全受注生産の革製品ブランドを展開している会社『UNROOF』。

世界的なファッションブランドで働いた経験を持つスタッフが商品企画に携わり、レディース・メンズと切り分けずに使えるユニセックスなデザインや、右利き・左利き双方への展開など、属性関係なく、誰もが使いやすいものを取り揃えている。

そして商品作りの要となる「革職人」として働いているのは、これまで「障害者」という枠のなかで働いてきた人たち。UNROOFでは、障害、なかでも特に精神障害・発達障害がある人にフォーカスし、彼らが正当に評価される仕組みづくりをおこなっているのだ。

障害者を「職人」として雇用する。それが会社にとって、障害がある人々にとって、どのような新しい雇用の形となるのか。UNROOF共同代表のひとり中富紗穂さんと工場長の岩城弘佳さんに話を伺った。

坂口ナオ
東京都在住のフリーライター。2013年より「旅」や「ローカル」をメインテーマに、webと紙面での執筆活動を開始。2015年に編集者として企業に所属したのち、2018年に再びライターとして独立。日本各地のユニークな取り組みや伝統などの取材を手がけている。
岡山 史興
70Seeds編集長。「できごとのじぶんごと化」をミッションに、世の中のさまざまな「編集」に取り組んでいます。

「境界線のない」ものづくりをする会社

「募集職種が少ない」
「給与が安い」
「雇用が不安定」

これらはいずれも、障害者雇用に対する当事者の声だ。

 

2018年4月に「精神障害者の雇用義務化」がスタートし、従業員数が45.5人以上の企業には、常時雇用している労働者数の2.2%以上の障害者雇用が義務付けられるようになった。

 

一見、障害者雇用の間口が広がったようにも感じる変化だが、いざ障害がある人が企業の門を叩いてみると、そこに用意されているのは、制限された職種や、低水準の給与、非正規雇用の仕事ばかりの現状。

 

そんな状況からは、社会が障害者に対して抱く「一人前の仕事はできないだろう」という思い込みが浮かび上がってくるようだ。

 

しかしそんな現状とは正反対に、障害者を職人として雇用するUNROOF。現在はメンバー10名のうち、4名はADHDやアスペルガーなどの精神疾患や発達障害がある。

 

「商品のコンセプトは、“ボーダーレス”です。UNROOFの社名の由来である【屋根(“限界” や “健常者と障害者の間の境界線”などの意味も含めている)を取り払う】という想いを、商品にも反映したいと考えました」

 

そう語る中富さんからは、「障害者だからこの仕事はできないだろう」なんて考えは少しも感じられない。しかも、これまで障害者雇用のなかでは見ることがなかった「革職人」での雇用だ。

障害があるから「できない」って、誰が決めた?

革職人、というと、細かい作業や技術が必要な、難しい作業に思える。障害があるメンバーに、そうした仕事を任せることはできるのだろうか。

 

事業を成功させるためには、会社は、いいサービス・商品を追求しなければならないし、納期があるから、時間も無限にはかけられない。「障害者」=「通常の業務ができない人」であるならば、彼らに仕事を任せるのは、リスクになるのではないだろうか。

 

しかし、UNROOFで現場の指揮をおこなう岩城弘佳さんは、そうは考えていないという。

 

「障害があるからといって、すべてのことができないわけじゃありません。健常者がそうであるように、彼らにも、得意なことと苦手なことがあります。得意なことをお任せすれば、”健常者”にも負けない実力を発揮してくれます」

 

「革職人」の仕事は、精神障害・発達障害がある人の特徴を活かせる職種だという。人によって程度の差はあるものの、彼らの多くは「細かなところによく気がつく」性質を持っている。繊細な作業が必要になる革製品作りは、そんな彼らと相性がいいそうだ。それから岩城さんは、このように続けた。

 

「もちろん、革製品作りが精神障害・発達障害がある人と相性がいいというのは、あくまでも当社が導き出した答えです。事務作業のほうが合う人もいるでしょう。大切なのは、“選択肢を増やす” こと。現状、社会が彼らに提供している仕事の幅は狭く、“得意” や “好き” という軸で仕事を選ぶことは困難です。そんな障害者雇用の新たな選択肢のひとつとして、UNROOFが機能すればいいな、と考えています」

必要なのは「選択肢を増やす」こと

UNROOF自体、障害者雇用の新たな選択肢としての意味を持っているが、社内の業務についても、「選択肢」は常に意識しているという。

 

「職人が『こういう技術に挑戦してみたい』『こういう業務もやってみたい』と言ったときは、頭ごなしに『無理だよね』と否定ぜず、どうやったらできるかを一緒に考えるようにしています。やってみて、どうしてもできなかったらそこで諦めればいい。大事なのは、“選択肢がある” ということ。選択肢があることは、得意な仕事に出会える可能性がひとつ広がるということだから」

 

岩城さんの話は、裏返せば、健常者として日本に住む我々が、どれだけ選択肢に恵まれているかを示唆しているようでもある。特に都会に住んでいるともなれば、チャンスは山ほどある。しかし、同じ国、同じ都会に住んでいても、「障害がある」というだけで、その選択肢はぐっと狭まってしまうのだ。

 

岩城さんの横でうなずいていた中富さんが、こう続けた。

 

「私は、得意な仕事をすることは、“自分の居場所を作る” ことに繋がると思っています。だから、UNROOFでは、そのチャンスをできる限り増やすことを意識しているんです」

「そのままの自分でいい」と思える場を増やしたい

自分の “得意” なことや “好き” なことが周りに認められる、という体験は、世界に自分の居場所をつくることに繋がる—— UNROOF立ち上げの背景には、中富さんがずっと温めてきた、そんな想いがある。

 

「私の家はもともと少し変わった環境で、複雑な家庭の事情だったことから、血の繋がりのない大人たちが同じ家に住んでいたんです。当時はそれが当たり前のことだと思っていましたが、学校の友人の話を聞い て『あれ、なんだかうちはおかしいぞ』と思うようになって……。それから、周りの言う「普通」と違う自分が怖くなって、本音や自分らしさを隠して、できるだけ “普通” に振る舞うようになりました」

 

日々、目立たないように「普通」に振る舞っていた中富さんだったが、一方で、自身の無力感や、生きづらさも感じていたという。唯一楽しみだったのは、趣味の読書の時間。狭い部屋のなかで、本を読むときだけは別の世界に飛んでいけた。

 

そうして高校生になったある日、文化祭の出し物に中富さんの案が採用されることになった。教室をまるごと使った物語の体験シュミレーションという、読書で鍛えた持ち前の想像力を活かしたこれまでにない案だった。その結果、中富さんのクラスは全校で2つしかない賞のうちのひとつをとることができたのだ。

 

「クラスのみんなも家族も、すごく喜んでくれたんです。このことは “自分らしさを出してもいいんだ” “自分はここにいてもいいんだ”と思える、強烈な体験になりました。
仕事も同じだと思うんです。単純に支援されるんじゃなくて、そのままの自分で『ありがとう』『嬉しかった』『すごいね』と言われることが、自信や生きがいに繋がるのではないでしょうか」

障害があっても、仕組みを整えれば実力を発揮できる

「休憩でーす」

 

取材中、岩城さんがフロアに向かってそう声をかけるシーンがあった。聞けば、「根を詰めてしまう人が多いので、こうやって休憩時間を設けるようにしているんです」とのこと。

 

ものづくりに障害の有無は弊害にならないとは言えど、障害があるからこそ難しい部分ももちろんある。そうした点は、仕組みでカバーするようにしているという。

 

たとえば、マルチタスクや突発的な仕事の割り込みがあると混乱してしまうメンバーもいる。そういうケースには、岩城さんがルールを設けたり仕組みを作ったりして、サポートをしているそうだ。

 

「ただ、これって程度が違うだけで、健常者だって同じことが言えますよね。苦手なことは、精神論ではなく仕組みでカバーすることで、負担を減らせてミスも防げる。障害がある人に対しても、同じように仕組みを整えれば実力を発揮できます。メンバーひとりひとりが、障害者じゃなくて、会社の戦力として評価される仕組みをつくっていけたらなと思っています」

 

UNROOFの取り組みについて話を聞いて、ひとつ、気づいたことがある。それは、「障害がある人は、一般的な仕事はできないだろう」という思い込みが自分にもあったことだ。その気づきは、中富さんや岩城さんの話のなかに登場する、「障害」という言葉の温度が自分とは違っていることから得ることができた。

 

彼らの発する「障害」は、誰もが持っている得意や苦手のような、ひとつの個性や特性を意味しているように思えた。

 

壁はもともとそこにあるのではなく、マジョリティの勝手な思い込みが作りあげたものなのかもしれない。UNROOFの「壁を取り除く」取り組みは、そんな、社会が作り上げた思い込みの突破口となるはずだ。

 


 

UNROOFでは7月19日まで、クラウドファンディング サイト「Good Morning」でプロジェクトを実施中。気になった方はぜひご覧ください!