貧困、食料不足、環境破壊、難民問題、介護の人手不足……。

社会にはさまざまな課題がある。しかし、それらを自分ごととして、何かのアクションを取れる人はどれくらいいるのだろう。問題を知って心を痛めることと、実際にその解決に向けて自分の時間とお金を使うことの間には、大きな溝がある。皆が限られた時間やお金のなかで「好きなこと」に邁進する社会で、そのエネルギーを他人に向けることは難しい。

札幌市にある旅人向けゲストハウス「​​UNTAPPED HOSTEL」のオーナー・神輝哉さんは、新型ウイルスが猛威を振るう最中、その溝を飛び越えた。2つある施設のうち1つをシェルターとし、生活困窮者に提供することにしたのだ。そして現在、この活動を持続させていくために、「書店+シェルター」の形でのリニューアルを計画している。

神さんの運命を大きく変えたきっかけは、ネットカフェ難民急増のニュースをSNSでシェアしたあと、ふと感じた「違和感」だったという。

好きなことに向き合ってゲストハウスを始めた神さんは、なぜ、“そちら側”に行けたのか。何を考え、どんな気持ちで「書店+シェルター」へのリニューアルを決めたのだろうか。お話を伺った。

坂口ナオ
東京都在住のフリーライター。2013年より「旅」や「ローカル」をメインテーマに、webと紙面での執筆活動を開始。2015年に編集者として企業に所属したのち、2018年に再びライターとして独立。日本各地のユニークな取り組みや伝統などの取材を手がけている。

きっかけは創業後、初の危機

UNTAPPED HOSTELが開業したのは2014年。旅が好きで、人の集まる場が好きで、いつかは自分の店を持ちたいと考えていた神さんの「好きなこと」を、これでもかと詰めこんだ場所だった。

「『UNTAPPED』とは『未開発の/まだ見つかっていない』という意味です。北海道の知られざる魅力や、旅人に宿る可能性をイメージして名付けました」

一階にレストランの入った本館に加え、開業2年目には裏手にあった民家を別館としてオープン。宿泊者も地元の人も参加できる多様なイベントを開催したり、ガイドブックに載っていない札幌のディープな魅力を紹介したりと、街のコミュニティ拠点や文化発信地としての役割も担っていた。

その場所に異変が起きたのは、2020年のこと。

「札幌の雪まつりが毎年2月にあるんですけど、その年のまつりが終わった途端、お客さんがぱたりといなくなったんです。7年間宿をやっていて、こんなことは初めてでした」

ふたを開けてみると、世界中で人の移動が制限されるという前代未聞の状況が広がっていた。新型コロナウイルスの流行である。大切な場所を守るため、24時間フル回転で活路を探る日々が始まった。

「リソグラフ(味わいある仕上がりが特徴の印刷技法)の印刷機を買ってスタジオをオープンしたり、それで刷ったものをオンラインで販売をしようと考えたり、ちょこちょこと新しいことをやってみてはいたんですけど、収益はやっぱり厳しくて。正直、途方に暮れていました。それでも自分がなんとかしないと宿が潰れてしまうので、薪を自分に無理矢理くべながら動いているような状態でしたね」

都内でネットカフェ難民が急増しているというニュースを知ったのは、そんなときのことだった。

 

ワンクリックで済ませる違和感

「東京の友人が、SNSで記事をシェアしていたんです。その記事には、緊急事態宣言によって24時間営業ができなくなったネットカフェから、そこを生活の拠り所としている人達
が追い出され、路頭に迷っていることが書かれていました」

札幌も他人ごとではないと感じた神さんは、「助けになれないものか」とのコメントと共にその記事をシェアした。

「もともと社会問題に興味はある方でしたけど、これまでは、学生のときデモに参加したことがある程度で、主体的に何かしたことはありませんでした。だからこの日も、記事を読んで問題意識は抱いたものの、シェアの先に何をするかまでは考えていなかったと思います。でもなぜかシェアした後「ワンクリックで済ませていいのだろうか?」という思いがふつふつ湧いてきて。具体的にアクションを起こした方がいいんじゃないか? と思ったんです」

そんな思いに突き動かされ、SNSを閉じてすぐに「ホームレス 札幌 支援団体」と検索した。そこで見つけたのが、ホームレス支援を行なう「北海道の労働と福祉を考える会(以下、労福会)」だ。

「北海道大学の授業を母体に発足した団体で、20年以上の活動実績もありました。自分なりに、ここなら信頼できるだろうと思えたので、コンタクトを取ってみることにしたんです」

「何かできることがあれば、教えてください」というメールが労福会に届いたのは、神さんが記事をシェアしてから、わずか30分以内のできごとだった。

数日後に労福会から「ちょうど今、札幌市のほうで受け入れ施設の拡充を検討しています。もし実現したらまたご連絡します」と返事が届いた。その2週間後には、団体から紹介を受けた市の担当から連絡があり、視察を経て、5月頭には市の契約事業として受け入れ支援が始まった。受け入れ用のベッドの料金は市が借り上げてくれ、実際に入居すれば3食分の食事代も支払ってくれる仕組みだった。

「もちろん最初はお金のことなんて何も考えずに連絡しました。でも、結果的にうちも助かったし、困窮状態にある人たちの寝床を提供できたわけです。連絡しなければ、そんな仕組みがあるなんて知らなかったかもしれません」

ここでひとつの疑問が生まれる。元からある設備を使い、市の補助を受けて支援事業を始めた神さんは、なぜ今度は自らの時間とお金を使って、シェルターを続けることにしたのだろうか。

 

自分の人生に、少しだけ自信が持てた

神さんが「これは自分のライフワークになるかもしれない」と直感したのは、受け入れ支援を始めてすぐのことだったという。

「綺麗なことばっかりじゃなかったんですけどね。始める前は、力にならなきゃ、助けにならなきゃと少し力んでいたと思うんですけど、実際はシェルターの利用者さんがルールを守ってくれなかったりとか、ちょっとしたことで大げんかしたりとか、いろいろありました(笑)」

それでもこの取り組みに前向きな気持ちになれたのは、UNTAPPED HOSTELを逃げ場とする、10代から80代までのさまざまな背景を持つ人たちと心を通わせたり、彼らが社会復帰をしていく様を目撃したりすることを通じて、「こんな自分でも少しは人の役に立てているんじゃないか、自分の人生、悪くないんじゃないかという気持ちになれた」からだと神さんは語る。

なかでも一番大きく影響したのは、支援に関わっている人達の存在だった。

「これまで自分がやってきた観光としての宿業は、インバウンド増加の波もあってブームが過熱していました。でも、僕が宿を始めたいと思った動機はそこではなかったので、常に迷いがあったように思います。だから、路上生活者を長年ケアしてきた人達と知り合ったとき、不思議な懐かしさを覚えました。彼らとの出会いを通じて、簡単に答えの出ない問いに延々と向き合っていた学生時代の自分に、出会い直したような感覚があったんです」

社会貢献やボランティアは生活と切り離して考えられがちだが、労福会には、支援活動と生活、どちらも諦めずに生きてきた人が揃っていた。年齢も考え方もバックグラウンドも違う彼らとの交流を通して、神さんは、自分の視野が一気に広がるのを感じたという。

またあるときはこんなこともあった。SNSでUNTAPPED HOSTELの取り組みを知ったある人が、家族で大切に貯めていた500円玉貯金を寄付してくれたのだ。

「僕、それが初めて寄付をいただく経験で。ありがたいなぁ、寄付してくれた方にも目に見える形で何かしなきゃなぁと思って、炊き出しを実施することにしたんです。それで開催にあたってSNSで協力を募ったら、これまで出会ったたくさんの方達が名乗りを上げてくださって。それにすごく背中を押されましたよね」

そんな日々を過ごす中で、いつしか神さんは、この活動を続けていきたいという思いを強くしていったという。そのために出した答えが「書店+シェルター」という運営の形だった。

 

喜びを持って取り組めるものに

「支援事業を続けるには、それを支える別の収益事業を作っていかなくてはなりません。本業の宿泊業も本館で継続していきますが、現在の状況が収束しない限り、支援事業を賄うだけの収益は当分見込めないと考えています。そこでやり方をいろいろ検討した結果、現在受け入れ施設としている別館一階の一部を、新刊書店として運営していくことにしたのです」

札幌は200万規模の人口を持つ大都市だ。しかし、新刊を扱うのは大型書店ばかりで、主体的なメッセージを発する小さな新刊書店は多くない。また、UNTAPPED HOSTELがあるのは北海道大学のある学生街。もっと文化的な施設があってもいいものなのに、なぜかそんなに多くない。それなら、自分達がこの場所でやればいいと考えた。

また、UNTAPPED HOSTELは現在、宿、レストラン、シェルターと、さまざまな要素が入り交じった空間となっている。これらを柔らかく繋げてくれるのが「本」だと考えた。なぜなら本は、その一冊一冊がメッセージとなるからだ。観光、食、福祉、それぞれの思いを本にのせ、ひとつの書店から発信することができる。

しかし、書店を組み合わせようと決めた一番の背景には、神さん自身の本に対する思いがあった。学生時代から読書が好きで、出版社に5年勤めたこともある。札幌に帰ってきてからも本の交換イベントを行うなど、本と書店への愛は持ち続けていた。

「収益を見込む事業として、書店は得策ではないかもしれません。でも、宿も、支援も、収益のための事業も、自分達が喜びを持って取り組めるものでありたいんです。わがままかもしれないけど、全部諦めたくないと思っています」

 

「まだ見ぬ景色」を見て思うこと

UNTAPPED HOSTELは今、「書店+シェルター」の計画を実現するためのクラウドファンディングに挑戦中だ。書店の備品準備やシェルター運営、本の仕入れなどに必要な金額、150万円を集めることを目指している(8/24現在、すでに275%を達成。400万円以上集まっている)。

「今回自分がアクションできた一番大きなきっかけは、新型ウイルスによる影響が大きいと思います。でも、こんな自分だからこそ、あいつもできるならやってみようと思う人が増えてくれたらいいなって。そしたら社会の中にこういう場所が増えていって、みんながもっと生きやすくなるんじゃないかなぁ」

「踏み出せたのは新型ウイルスの影響」と神さんは語る。しかし、それを継続すると決めたのは神さん自身の意志だ。それはきっと、踏み出した先に「行動したからこそ知れた価値」があったからではないだろうか。

挑戦する前はとても恐ろしかったのに、いざ始めてみたら意外にはまってしまった、という経験が、あなたにもないだろうか?

雇われ仕事しかしていなかったとき、フリーランスになるのがとても怖かった。そのときフリーランスの知人に「あなたは私と違って勇気がある」と言ったら、こう返されたものだ。「私がいる場所は、そこからは真っ暗な海に見えるかもしれない。でもこっちに来れば、ここも普通の海だって分かる。それどころか、そっちにいない生き物がたくさんいるし、そこから見えない綺麗な景色も見えるんだよ」と。今、私はフリーランスになって9年目。苦労もあるけれど、以前の自分が想像もできなかった楽しさを日々感じている。

「UNTAPPED」を名に冠するこの場所で、これまで知らなかった景色を目の当たりにした神さんは、かつての自分を振り返り、今、何を思うのだろうか。

「もともと自分の中には、社会に借りがあるみたいな気持ちがあって。わりと恵まれた環境で育ったと思うし、少なくとも、好きなことをして生きられていることはとってもとってもありがたいことだと思ってて。だから恩返しじゃないですけど、自分がこれまでの人生で与えてもらったものを自分以外の人たちに返せたらと思っています。やる前の自分よりはやったあとの自分のほうが、ほんの少しだけ胸を張れる気がします」