これから3回に分けて、自分語りをしようと思います。

「フリーランスはかっこいい」
「障害者はかわいそう」

本当にそうでしょうか。
世間で受け止められるイメージとのギャップに違和感を覚えることがあります。

自分の感じていることと、世間の受け止められ方が違う。
それをこのコラムで埋めていきたいと思います。

和久井 香菜子
編集・ライター、少女マンガ研究家。4年ほど前から始めた事業が軌道に乗り、2019年4月に合同会社ブラインドライターズを立ち上げる

ブラインドライターズってなに?

私は20年ほど、フリーランスでライターや編集に携わっています。

 

そう言うと「才能があるからできるんだね」とか言われることがあります。そんな大それた理由ではありません。会社にお勤めしてはクビになってしまうので、ライターになったのは単純に行く場所がなかったからです。

 

ところがこの2019年4月、いきなり女社長になってしまいました。しかもスタッフを10名以上も抱えた大所帯です。事業の名前は「ブラインドライターズ」。視覚に障がいがある人たちに、テープ起こし(文字起こし、反訳とも言います)をしてもらう事業です。

 

取材や講演、会議などの音源をタイピングしてテキストを確認する。出版社や編集・ライター、映像制作会社にはおなじみの作業です。

 

しかしこれが意外と、人に通じないことがあるのです。特に年齢が高めの方にブラインドライターズの話をすると、「点字にするの?」と聞かれます。音声をわざわざ点字にしてどうすんじゃい、と突っ込みたくなってしまいます。

 

点字は視覚障がいがある方のためのもの(それも後天的に障がいを負うと読めない方が多いそう)。音源があるなら聴けばいいので、点字にならする必要はありません。こういう話を聞くと、社会に障がいのある方が溶け込んでいること、ITの技術が障がいを大きくカバーしつつあることをご存じない方が多いのだなと実感します。

 

ブラインドライターズの話をしていてよく聞かれるのは「目が見えないのに、どうやってパソコンを使うの?」です。近眼の老眼持ちだけど、いちおう晴眼者の私が代理でお答えすると、「読み上げソフト」というものを使います。このソフトがパソコンに表示されている文字を読み上げてくれるのです。

 

音源を聴き、タイピングして、タイピングした文字を読み上げさせて、テキスト化する。漢字の種類も読み上げさせることができるそうなので、ほぼ誤字のない原稿が上がってきます。

 

「視覚障がい者は耳がいい」という話もよく聞きますね。ブラインドライターズでも、当初は「優れた聴覚を活かし」と謳っていました。でも、そうすると「キーンと超音波みたいなレベルで聞こえる」と思う方も多いので、今では削除しています。

 

晴眼者も視覚障がい者も、耳の機能は恐らく同じです。圧倒的に違うのは「音や体感から得る情報量」。視覚に頼らなくても、ホームに入ってきた電車が混んでいるか、少し先のエスカレータが登りか下りか、わかったりするそうです。音の感じ、空気の流れなどで判断するらしいのですが、安易に目で見て判断する私たちには超人に思えますね。

コンプレックスまみれだった20代

これまで何度か、ライターとして障がいのある方やブラインドライターズについての記事を書く機会がありました。その際に「こいつは障害者にいいことして、いい人ぶっている」とコメントされたことがあります。

 

ところが私、全然いい人じゃないんです。彼らを可哀想とも思いません。なぜなら、自分が世界で一番可哀想と思って生きてきたからです。

 

人生ずっと、コンプレックスとの戦いでした。

 

末っ子なので家族には面白おかしくいじられ、泣いて主張をしてもだれも聞いてくれない。「バカだなあ」「ダメな子ねえ」と言われて育ちました。自分に自信が持てず、親の言うことを聞くのが正しいのだろうと思っていました。

 

漫画家になりたかったけど、そこに夢をかける自信も勇気もない。ミスばかりする事務で毎日「早く死にたい」って思っていたんです。未来に夢が描けなかった。

 

仕事が続かないから、結婚でもするしかないのかな。そう思って結婚してみたら、それもすぐ離婚になってしまった。

 

何をやっても「そうじゃない」「がんばれない」。そういう人間でした。失敗ばかりが積み重なって、自分は「世界で一番ダメな人間」だと信じて疑いませんでした。

 

そんなころに「あなたは何にでもなれますよ」って人が現れたんです。

 

ご自身がやはりコンプレックスと戦っていたかたで、その苦しみを知っていたためなのか、同じように悩む若い人をたくさん育てていました。とにかく褒めてくれて、私の可能性を信じてくれました。

 

彼女は、毎日のように電話をくれました。いろいろなところに遊びに連れて行ってくれました。そして仕事のこと、恋愛のこと、いろいろな話を聞いてくれて、いろいろな話を聞かせてくれました。

 

そういう中で「あなたは表現をするために生まれたんです。ライターでもイラストレーターでも、漫画家でも何にでもなれますよ」と言ってくれたんです。

 

彼女に会った当時は、話す度に泣いていました。それまで私は、バカだ、不注意だ、だらしがないと言われてばかりで、自分に何かができると思ったことがありませんでした。

 

自分の話をじっくり聞いて、否定をしない人がいる。人生がパアーっと開けたように感じました。フリーで仕事を始めて、ものを書いたり、ウェブゲームを作ったり、ガンガン営業して仕事を取るようになったんです。

 

大学に入り直し、テニスに夢中になって32歳で留学までして、もっと自分を好きになりたくて、あらゆるチャレンジをしました。

 

たったひとり、自分を信じてくれた人がいただけで、です。

出来ないことにわざわざ目を向けなくていい

「障がいは個性だ」だという言葉があります。

 

私はそこまで美化するつもりはありません。障害は、不得意分野の可視化です。

 

たとえば私は、ものを記憶することや間違い探し、ルーティンワークが苦手です。それに名前はありません。こうした特性が「事務に向かない」と気づくまで、長い年月がかかりました。短大卒で特別スキルのない自分には、足りない能力の仕事でしか、チャンスが巡ってこなかった。それは、とても不幸なことでした。

 

できないことを求められるほど、つらいことはありません。

 

だから目でものを見るのが不得意なら、見る仕事をしなければいい。目で見る代わりになるツールを使えばいい。その人の持つ得意分野を仕事にできたら、それはとても幸せなはずです。

 

テープ起こしが嫌いな人たちに代わって、楽しくテープ起こしをして報酬を得る。ブラインドライターたちは楽しそうで、クライアントからは喜ばれる。ウィンウィンなこの事業は、とても幸せです。なんだか幸せなのでお手伝いをしていたら、いつのまにか、ものすごく大きなビジネスになっていました。

 

個人で請け負いきれなくなったので法人化して、「世界で一番ダメな人間」だと思っていた私は、女社長(笑)になりました。

 

今、私の唯一の悩みは、メンバーの中で自分だけが苦手な作業を担当していること。事務ができなくてライターになったのに、事務をするのが女社長の仕事です。よくミスはするし、忘れるし、メンバーの中でもっとも仕事ができない人間なのです。それでもみんな温かく見守ってくれています。

 

この、誰もがハッピーな事業を、もっともっと発展させていきたいなあと思っています。会社を作ると、それまでにない経費がかかってきます。もっともっと事業を大きくしないと、回りません。抱えているスタッフも、安定した収入が得られるようにしたい。テープ起こしは、AIに取って代わられる恐れの高い業種です。

 

今後の事業展開も考えなければいけません。でもきっと、昔私のことを信じてくれた人が現れたように、それだけで人生が開けたように、きっとなんとかなるでしょう。

 

そして、だれもが自分の才能を見つけられる、自由な社会になればいい。ブラインドライターズはその小さなお手伝いなのです。


 

2019年7月『首都圏 バリアフリーなレストランガイド』(交通新聞社刊)を発行予定。

 

より多くの方々に楽しんでもらえるユニバーサルなレストランを厳選してピックアップ。

 

またこのコラムでも紹介します。