「編み物」と聞いて、どんなイメージを持つだろう。手先が器用な一部の人だけができる趣味?おばあちゃんが得意なもの?

今、世界中で編み物の概念を変えているスペイン発の編み物ブランドがある。その名も「We Are Knitters(ウィー アー ニッターズ)」。販売されているのは、毛糸と編み針と説明書が詰め込まれた「編み物キット」だ。

「編み物って、自分の母や祖母が赤ちゃんのために何かを作るイメージが強かったんですよね。やってみたいと思ったこともなかったです」

We Are Knitters代表のPepita Marín(ペピータ・マリン)さんが編み物に対して持っていたのは「古臭い」というイメージ。それが180度ひっくり返り、自身でブランドを作るまでのめり込んでいったのには「カルチャーショックな出会い」があった。

ウィルソン 麻菜
1990年東京都生まれ。製造業や野菜販売の仕事を経て「もっと使う人・食べる人に、作る人のことを知ってほしい」という思いから、主に作り手や物の向こうにいる人に取材・発信している。刺繍と着物、食べること、そしてインドが好き。

すべてはニューヨークの電車から

We Are Knittersから届いた紙袋を開けると、大きな毛糸玉が5つと太い編み針、そして編み方が5ヶ国語で書かれた説明書。編み物をしたことがない私でも、何も買い足す必要がなくブランケットを編み始めることができる。

なかでも驚いたのは毛糸の色と太さ。極太な毛糸はビビットなオレンジカラーで、見ているだけで元気が出るような色だ。We Are Knittersのホームページを覗くと、やわらかいパステルカラーから鮮やかな原色まで、カラフルな毛糸に心がはずむ。

「これまでスペインで編み物といえば、おばあちゃんのもの。クリームやベビーピンクのような淡い色の細い毛糸を編む姿は、若い私の目には古臭く映っていました」

そんなペピータさんの編み物のイメージが壊されたのは10年前。当時22歳のペピータさんが旅行で訪れていたニューヨークでの出来事だった。

「電車に乗っていたら、目の前の若い女の子が編み物を始めたんですよ。おしゃれな若いニューヨーカーが、音楽を聴きながらカラフルな毛糸を編んでいく様子は、スペインでは見たこともない光景でした」

おしゃれで、かっこいい編み物をする若者。これまで編み物に興味などなかったはずなのに、彼女を見た瞬間「自分も編み物がしてみたい」という衝動が走った。その衝動のままにニューヨークの手芸屋を訪れると、そこはカラフルでおしゃれな毛糸だらけ。

「編み物はおばあさんのためだけのものじゃなかったんです」

編み始めてみると、驚くほどにスッキリとした感覚があった。当時、大手コンサルティングファームで会計監査として働いていたペピータさんの生活は、緊張とストレスの繰り返し。仕事も生活も忘れて手を動かすのに没頭すると、ヨガをしたときのようにリラックスできたという。

実際、編み物にはマインドフルネスや集中力の向上なども期待できるとペピータさんは言う。We Are Knittersで編み物を始めた人たちはその魅力に引き込まれ、編み物をライフスタイルのひとつとして取り入れていく人が多いのだそうだ。

「編み物の悪い点を挙げるとすれば、止められなくなることですかね」

そう言ってペピータさんは、笑った。

 

ゼロから作り出す満足感

ペピータさんがはじめて自分の手で編んだのは、スヌード。自分の手で作り上げたものを見たときの達成感は、普段の生活ではなかなか感じられるものではなかった。

「私たちの世代は、何かを自分の手でつくる必要がないですよね。けれど、初めて自分でスヌードを作ったとき、ものすごい達成感で自己肯定感が生まれたんです」

おしゃれでかっこよく、それでいて心にもやさしい「新しい編み物」。これを同世代の若者にも伝えたい。それは当時から大好きだったファッションと編み物を組み合わせて、若い世代に提示する挑戦だった。

「私たち若い世代が、これまで思いもしなかったような新しい『編み物』を。これが私たち、We Are Knittersのはじまりでした」

若者にも受け入れられる、ファッショナブルな編み物文化をつくる。そうは言うものの、若干23歳のペピータさんにはブランドづくりのノウハウも、毛糸農家とのつながりも、編み物自体の知識すらなかった。

「持っていたお金は、すべて毛糸を買うために使いました。当時、スペインでは大きな金融危機があったために銀行からの借り入れも難しく、金銭的に苦しい思いをしましたね」

資金はすべて毛糸へ。それはつまり、ブランド立ち上げ作業のために人を雇ったり外注したりすることができないということだった。共同代表のAlberto Bravo(アルベルト・ブラボ)さんとペピータさん、たったのふたりで商品撮影、ウェブサイト制作、マーケティングやカスタマーサービスなどをこなし、夜中の2時までふたりでせっせとサンプルを編み続けた。

「最初の2年間は本当に大変で、でもそれと同時にすごく充実した時間でした。何からすればいいのかもわからなかったけれど、とにかくがむしゃらで。今とはまた違う情熱やエネルギーに溢れていましたね」

最初の頃は、1日何時間働いていたかわからない、とペピータさんは振り返る。

「でもゼロから作り出し、それが成長して形になる。編み物と同じで、その過程が私にとっては満足感のあることでした。そしてWe Are Knittersを通して、多くの人が編み物を始めてくれた。何もないところから、新しい文化を作ることができたんです」

届けたいのは「体験」

We Are Knittersがターゲットとしていたのは、当時のペピータさんと同じ、今まで編み物をまったくしてこなかった人たちだ。彼らに編み物の魅力を知ってもらいたい。そのために毛糸と編み針を太くした。

「何か新しいことを始めるときに、結果が見えづらかったり時間が長くかかると続けるのが難しいですよね。太い毛糸と針を使えば、細いものに比べてはやく編めるので、編み上がっていくものがどんどん見えてくる。太い毛糸で編まれた分厚いセーターやスカーフは、ファッションの側面から見ても当時の流行でしたが、、何よりも初心者が編み物に取り掛かりやすかったと思います」

またWe Are Knittersはコアバリューのひとつに「サスティナブルであること」を挙げている。毛糸に合成繊維は使わず、信頼できる生産者がつくる100%天然素材。キットの編み針に使われる木材は、認証森林のものだ。そして当初プラスチック製だった梱包は、すべて紙に変更した。

「編み物を始めてから、物をつくるのにかけられている時間や労力、資源について考えるようになりました。たった1枚のスカーフでも、自分の手で作る手間や時間を知ってしまったから、いくら機械で効率化されていると言ってもファストファッションの5ユーロのスカーフが、とても信じられないんです」

We Are Knittersのキットが決して安いとは言えない理由の大部分は、毛糸にある。ペピータさんが毛糸を求めて訪れたのは、アルパカで有名な南米のペルー共和国。他の産地候補でもあったオーストラリアやニュージーランドに比べてヨーロッパに近く、実際に出会った毛糸の生産者と良い関係が築けたことで生産が始まった。当初ペルーに2軒だけだった契約農家は、ポルトガルにも範囲を広げ、今では全部で5軒。

「契約農家は、どこも家族経営の小さな農家です。毛糸の品質が良いのはもちろんですが、作っているものに誇りを持っていること。それを重視して、一緒に仕事をしています」

立ち上げ当初、毛糸の製造におよそ4ヶ月を要したそうだ。大きな農家や会社に頼めば、もっと早く進んだのかもしれないが、ペピータさんは自分の信頼できる生産者を選んだ。

「周りからは『合成繊維を使えば価格が下げられるのに』と言われました。たしかにそうすれば、より多くの人に届くのかもしれません。それでも私たちが100%天然素材にこだわったのは、We Are Knittersで届けたいのは商品ではなく『体験』だから。人々が編んでいて楽しい色や太さ、触っていて心地よい品質の毛糸で編み物をするという体験。We Are Knittersにとって、これまでにない色や太さ、素材の品質まで、すべてがその体験をつくるものでした」

毛糸を作る人にも、地球にも、そして自分自身にも嬉しいニット。それが、これからの時代の消費の仕方だと信じて、We Are Knittersは「体験」が詰まった紙袋を届けるのだ。

編み物の、その先へ

現在、インスタグラムのハッシュタグ「#Weareknitters」には22万枚以上の写真が投稿されている。買った毛糸や制作風景、完成したものをSNSで共有することは、とても現代的で若者に編み物が受け入れられているのが見て取れる。

「We Are Knittersでは、コミュニティを持つことも大事にしています。単純にひとりで編み物をするだけではなく、過程や完成品をSNSや家族とシェアすることまでが私たちの考える『編み物の経験』です」

そのコミュニティに、ぜひ男性も参加してほしいとペピータさんは言う。

「一般的に編み物と言うととても女性的で、We Are Knittersの購買者も99%が女性です。けれど、ストレスを抱えるビジネスマンをはじめとした男性にも編み物でリラックスして、それをシェアしてみてほしいですね」

性別も年代も超え、自分の手で何かを作る時間を持つこと。それを誰かとシェアすること。それが人生の豊かさにつながると、ペピータさんは自分の経験から知っている。

初心者に向け太い毛糸から始まったWe Are Knittersだが、今では細い毛糸を使った上級者向けのキットやかぎ針編みのキット、毛糸を自分で染めるところから体験できる「#BornToDye Kit」など、ものづくりの幅を広げている。

「たくさんのお客様を見て気がついたのは、We Are Knittersに集まる人は本当に自らの手で何かをすることが好きだということです。編み物は人生を楽しくし、悲しみを乗り越えるのに役立つこともある。We Are Knittersを通してそれを見ることができるのは本当に美しいことだと思います」

自然素材から、手間暇かけて物を作り出す。生産性や効率化が求められる現代において、そんな時間の使い方がいかに贅沢であるかをWe Are Knittersは教えてくれる。何も準備する必要はない。紙袋に詰め込まれた毛糸と針を取り出し編み始めれば、もう誰もが胸を張って「We Are Knitters!」と言えるのだ。

 


We are knittersのホームページから、新作を含めたたくさんのキットをご覧いただけます。編み物初心者でも大丈夫。編み方のわかりやすい動画もあるので、ぜひチェックしてみてください!