大川 史織
1988年、神奈川県生まれ。 大学卒業後マーシャル諸島で3年間働いて帰国。夢はマーシャル人も驚く大家族の肝っ玉母ちゃんになること。

今年創業128年目を迎えるヤマハ株式会社。同社は世代どころか海をも越えて、世界各地で知られている。

 

不定期連載「おんがくしつの楽器史」では、戦後日本の小学校教育を受けた人には馴染み深い3つの楽器「ピアノ」「リコーダー」「鍵盤ハーモニカ」に注目し、その知られざる歴史を紐解いていく。レポーターを務めるのは、「音楽室で使ったあの楽器、実はこんなに面白い!」をコンセプトに、2014年に結成された前代未聞の3人組アーティスト「おんがくしつトリオ」

 

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第一弾では、「おんがくしつトリオ」リーダー・ピアニスト内藤氏がヤマハ社員3名に直撃インタビュー。幅広い世代に愛されてきた「ヤマハピアノ」の開発裏話から、ヤマハサウンドの魅力までをたっぷりと語った前編に続いて、今回公開する後編ではさらに現代の「最新テクノロジー」へと話が進んでいった。

 

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【登場人物:】
ピアニスト・作曲家 おんがくしつトリオ リーダー・ピアニスト 内藤晃氏(右)
ヤマハ(株)広報部 宣伝・ブランドマネジメントグループ 木村智子氏(中央手前)
(株)ヤマハミュージックジャパン ピアノアーティストサービス東京 鈴木俊郎氏(左)
(株)ヤマハミュージックジャパン ピアノアーティストサービス東京 一瀬忍氏(中央奥)

 

 

「テクノロジー×伝統技法でピアニストに力を」CFXが目指すもの

 

ヤマハの技術が注ぎ込まれた「CFX」開発の大きなテーマとして掲げたのが、「コンサートホールでいかにしてピアニストの思い描いたままの音を表現する力を得られるか」ということだった、と同社広報部の木村さんは語る。

 

ヤマハが理想とする音のために基本設計から大胆に変更できたのは、経験と感性を裏付ける確かなテクノロジーがあったからこそ。理想を叶えるため最善の手段を選ぶ。これこそがヤマハの伝統であり、自らを超え、進化した音が生まれるいちばんの理由なのだという。

 

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より力強い音を響かせるために、支柱・奥框(おくがまち)の寸法をアップし、製造工程を見直した。これにより楽器の支え感がいちだんと充実し、ホールの隅々まで芯のあるゆとりを持った音が広がるようになった。ヤマハグランドピアノの支柱は釘やネジを使わずに木材の接合部に凸凹をつけて、互いに組み合わせる日本の伝統技法「アリ組」を採用している。

 

ピアノの塗装にも、ヤマハの一工夫が光る。CFXでは、ステージ上でライトの反射を抑えるために、大屋根の上面は半艶仕上げにすることで、演奏者が眩しくないように配慮。つや出しとつや消しでは音の鳴り方にも違いが生じる。内藤さんは「あったかい一体感がある、つや消しが大好き。」と漏らす。

 

 

「シューベルトのソナタを弾く時にはヤマハピアノを選びます。」

 

 

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ヤマハG2を弾いて育った内藤さんは、旧来のヤマハのファンだ。馬力や色彩感ではCFXに及ばないかもしれないが、シンプルで落ち着いたトーンの醸し出す水墨画的な魅力があり、ピアニッシモの静謐さに耳をそばだたせられる。

 

音楽ホールでは、スタインウェイとヤマハのグランドピアノが1台ずつ入っているというケースが多い。内藤さんは、シューベルトのような、ピュアな音楽性や静謐さを表現するには、ヤマハが持ち味を発揮すると語る。

 

 

一枚のチラシから「コンサートチューナー」に

 

1980年、ヤマハは「ヤマハピアノテクニカルアカデミー」を設立。高度な知識と技術を持つ専門家を自ら養成する場として、これまで数多くの優れた技術者を輩出してきた。今回お話をお聞きした鈴木さんもそのうちの一人。

 

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幼少期にヤマハ音楽教室の生徒だった鈴木さんは、幼い頃から調律師に憧れを抱いていた。大学卒業後、会社員勤めをしていたが、「ヤマハピアノテクニカルアカデミー」の「技術者募集求人」のチラシを見て応募。年齢制限18歳から24歳まで(24歳を過ぎると高い周波数が聴こえなくなる)の最高齢で入試、翌年入社。

 

鈴木さんは、ピアノづくりを「モグラ叩き」に例える。ある評価を得たものだけを残し、それを基準に改良を続ける。CFの誕生で、世界的に一定の評価を受けたが、全体のバランスにおいては「オールマイティー」ではなかった。そこから現在も試行錯誤をしながら、より良い音づくりを目指している。

 

現在は、国内のピアノ生産販売台数の落ち込みもあり、優れた技術者も減っている。コンサートチューナーの高齢化が進む中、次を担う若手技術者の輩出が急務の課題だ。

 

技術者に必要なものは、「謙虚でありながら、芯の強さがあること」。ピアニストの望む音にあわせて柔軟に音を作り替える技と、ピアニストが望む音に出逢うための道筋を作る力が必要となる。会場で自分が想像した音をピアニストが出してくれたときには、涙が出るほど嬉しいと語る鈴木さんの調律師という仕事に興味をもった読者は、アカデミーの扉をまずはノックしてみたらどうだろうか。

 

 

時代にふさわしいピアノ「ハイブリッドピアノ」の登場

 

ヤマハはアコースティックピアノの歴史や伝統、そこで培われた技術を重んじる一方で、消音ピアノ『サイレントピアノ™』や自動演奏ピアノ『ディスクラビア™』、『AvantGrand(アバングランド)』を世に送り出すなど、時代にふさわしいピアノのあり方というものを常に追求してきた。

 

これは、戦後一貫してヤマハが追求してきた「家庭で音楽を楽しめる日常」の提供と、「ユーザー目線のピアノ作り」が生み出したもの。住宅事情の変化により、サイレントピアノ™の需要が増している昨今、『トランスアコースティック™ピアノ』(2015年3月20日発売/現在、銀座本店一階に展示中)は、アコースティックピアノでありながら、音量調節が可能等、アコースティックピアノと電子ピアノの境が年々淡くなりながらも、アコースティックを大切にする姿勢は変わらない。

 

ピアノ修正済
※ハイブリットピアノ「AvantGrand(アバングランド)」

 

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※「トランスアコースティックピアノ」

 

 

今年は、リヒテル生誕100周年

 

今年は、ヤマハが世界の一流ピアノの仲間入りを果たすきっかけを作ったスヴァトスラフ・リヒテルの生誕100周年。奇しくも、内藤さんの祖父は医者としてリヒテルのコンサートツアーに同行した経験があったそう。

 

NHKプロジェクトX「リヒテルが愛した執念のピアノ」では、リヒテルと卓越した技量を持ったヤマハ社員コンサートチューナー・村上輝久との深い友情と信頼関係の記録が残されている。

 

今回ご登場いただいた広報部の木村さん、コンサートチューナーの鈴木さん、商品企画部の一瀬さんに、それぞれの立場から「ヤマハピアノ」の魅力を存分に語っていただいた。十人十色の「理想の音」に向けて、応え続ける姿勢そのものが、「世界のヤマハ」と称される所以なのだろう。

 


 

不定期連載「おんがくしつの楽器史」、次回は、「おんがくしつトリオ」リコーダー奏者・中村栄宏氏が案内人となり、「リコーダー」の戦後史を紐解きます。

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