「日本は、国土の7割弱が森林で、“世界で最も森林が育ちやすい国”とも言われている世界有数の森林国。にも関わらず、実際に家や家具に使われている木材の自給率は、わずか約36%なんですよ」

「......って言っても、みんなそこから初耳!って感じだよね(笑)」

都会でコンクリートに囲まれて暮らすことに慣れてしまった筆者に、意外と知られていない日本の森の現状を朗らかに話してくれたのは、株式会社やまとわの代表取締役・職人である中村 博さんと、取締役・企画室長の奥田 悠史さんだ。

冒頭の二人の言葉に、筆者が自室を見回すと、目に入るのは「安いから」という理由だけで購入した椅子や、毎日何気なく使っている机たち。はて、この木材は、一体どこから来たのだろうか──。恥ずかしながら考えたこともなかった。

あらゆる建築物に木材を使っていた、約60年前。国産材の供給が追いつかなくなった日本は、安く大量に手に入る外国産材の輸入量を増加した。しかし後に、これが悲劇を生むことに。国産材は価格競争に負け、林業は産業として成り立たなくなってしまったのだ。

木を伐り、市場で販売しても赤字になる──。山主は次第に、森の整備に投資することをやめた。手入れがされない山では、木がしっかりと根を張れず、土砂災害を引き起こすリスクまで高まる。

そんな荒れた日本の山を見て見ぬ振りをするように、市場ではさらに輸入木材ばかりが出回るようになり、国産材の価値は下がる一方......。担い手も減り続ける......。という悪循環が続いている。

こうした森の抱える問題に対し、私たち消費者ができることとは何か?複雑に絡み合った物語を紐解くように、やまとわの二人が教えてくれた。

貝津美里
人の想いを聴くのが大好物なライター。生き方/働き方をテーマに執筆します。出会う人に夢を聴きながら、世界一周の取材旅をするのが夢です。

森づくりを生業にした二人。森と暮らしをつなぐ

森をもっとおもしろくする──。揺るぎない信念を胸に、地元の木材を使った暮らしに寄り添うプロダクトづくりや、森に興味を持ってもらうための森林塾の開講など、次々と地域の森林資源を使った「森と暮らしをつなぐ活動」を進める株式会社やまとわ

会社の代表でありながら、木工職人としての顔も持つ中村さんは「森の中にいるときが一番幸せ」と笑みをこぼした。そもそも、森づくりを生業にしたきっかけは何だったのだろうか?

「長野県の伊那で生まれ育ち、森は小さな頃から大好きでした。でも、安定した職に就いた方がいいという周りの意見を聞いて、高校卒業後は郵便局員をしていたんです。働きながら『このままでいいのかな……』という想いはずっとあって。兼ねてから興味のあった、ものづくりへの想いを捨てきれずにいました」

そうして30歳を前にして、木工職人への弟子入りを決意。決して甘い世界ではなかったが、よい家具をつくりたい一心で必死に技術を磨いた。そんな中、今のやまとわにつながる「森と地域の再生活動」を志す転機が訪れる。

「久しぶりに小さな頃に遊んでいた伊那の森に入ると、荒廃が進む山の風景が広がっていて愕然としました。手入れを放置され、適切な間伐もされず、太陽の光が届かない暗く不気味な森になっていたんです。少し前まで、森と私たちの暮らしはとても身近なものだったはず。エネルギーも住まいも食料も、森のめぐみと共にあったはず。あまりに森と人の暮らしがかけ離れている現状に、何とかしなきゃと危機感を覚えましたね」

そんなとき出会ったのが、奥田さんだった。やまとわの立ち上げ前は、デザイナーとして活動していた奥田さん。なぜ、中村さんと共に森づくりへの道を歩み始めたのだろうか。

「自然豊かな場所で生まれ育ったので、森は常に身近な存在でした。森についてもっと知りたい気持ちが膨らみ、大学では森林科学科を専攻しました。そこで、世界の森が抱える現状を学ぶにつれ、あまりに壮大すぎる問題を前に、とても自分の手には負えない……と心が折れてしまったんです。

ですが、本気で森の現状を変えていこうとする中村さんの熱意に触れて、勇気をもらいました。小さなことから、できることから、やっていけばいい。そう思えましたね」

“森” と “暮らし” をつなぎ直したい。地域の森林資源を使って「暮らしを豊かに」することが、結果的に「森の豊かさ」にもつながると信じ、株式会社やまとわを設立した二人。人生をかけた挑戦は、ここで幕を開けたのだった。

枯れゆくアカマツに、次の命を吹き込む。

蛇口をひねれば、水が出る。スイッチを入れれば、電気がつく。スーパーやコンビニに行けば、スマホからネットショッピングをすれば、欲しいものは何でも手に入る。私たちの「当たり前」な暮らし。

それが、誰によって、何によって、成り立っているのか?知ることから、森の問題ひいては環境問題は改善されていく、と奥田さんは切り出した。

「例えば、私たちの身の回りのものに使われている木材の中には、違法に伐採された木材も混ざっているんです。安いから、という理由だけで購入したものが、誰かの生活を苦しめていたり、自然環境を壊していたりするかもしれない、ということを知ってほしい。

目の前の商品が、どこで、どんなふうに製造されているのか?誰がどんな想いで、ものづくりをしているのか?知った上で、“良い商品”を選ぶ消費文化をつくっていきたいですね」

二人の考える理想の消費を形にすべく、やまとわでは、地元の木材を使ったプロダクト開発にこだわっている。

「森を身近に感じる新しい暮らしの提案がしたい。そんな想いで開発したのが、信州伊那谷のアカマツで作った無垢の家具シリーズ『pioneer plants(パイオニアプランツ)』です。軽くてしなやかなアカマツで作った椅子は、家の中はもちろん、週末は外や森の中に持ち出して使うこともできる。暮らしを身軽にしてくれる家具なんです」

信州伊那谷のアカマツを使うことにこだわった背景には、悲しい森の問題があった。

「実はアカマツは、全国各地で『マツ枯れ』の被害にあっているんです」

マツ枯れとは、マツノザイセンチュウという材線虫(樹木に寄生する線虫)がアカマツに寄生することで引き起こされるもの。感染したアカマツは、材木として使うことが難しくなってしまうという。

とはいえ、まだ元気なアカマツもたくさんあるんですよ!と奥田さんは続けた。

「枯れゆく前に“利用する選択肢”をつくることで、アカマツに次の命を吹き込みたい。だからこそ今、私たちはアカマツを使いたいんです」

家具の他にもアカマツを使用した、経木『信州経木Shiki』を開発。経木とは、木を薄くスライスした紙のようなもの。暮らしが便利になるにつれ、プラスチック製品がどんどん普及したが、60年ほど前までは、おむすびを包んだり、お肉を包んだりと、暮らしに必要不可欠なものだった。

中村さんは、経木『信州経木Shiki』に込めた想いを、未来への希望を灯しながらこう話す。

「僕たちはティッシュペーパーを、特に意識せず使いますよね。それと同じように経木も日常的に使ってもらえれば、森と暮らしの好循環は、僕たちの生活サイクルの中で自然と生まれると思うんです。経木は手頃な価格なので、環境にいい消費をする一歩目として取り入れやすい。みなさんにとって経木が暮らしの一部になればいいな、と想いも込めています」

日本の木を、日本で使う。地域の木を、地域で使う。「それが森林保全に向けた日本の役割なんです」と、中村さんと奥田さんは口を揃えて語ってくれた。

「新しい当たり前」をつくっていく

魅力を感じて購入したものが、巡り巡って、環境や暮らしの豊かさにつながる。そんな誰にも何にも負荷がかからない消費の仕組みをつくるため、やまとわは企業利益だけでなく、地域・社会・未来に想いを馳せながら「できることを、やるだけ」と前進し続ける。

「でも残念ながら、僕たちの取り組みだけでは世界は大きく変わりません」と中村さん。

「商品がつくられたルートを知って購入すること。作り手が見える商品を買うこと。そんな消費が文化として根づき、環境に良い商品が当たり前に売れる市場をつくる必要があると考えています。

もちろん一朝一夕ではできません。もしかしたら、わたしが死ぬまでに成し遂げられないかもしれない。でも、これまでの社会が歴史を積み重ねて変化を遂げてきたように、今から新しい当たり前をつくり、人々の価値観を変えていければ、20年後、30年後、100年後、子どもたちの未来は着実に変わります。

大人として、子どもに生きづらい世の中を残したくない。そう思いませんか?」

僕たちは長くても100年くらいしか生きられないから。そう語る中村さんの言葉には、長い年月をかけて変化する森への敬意を感じた。

「やまとわには、社員が18名いるんです。一人ひとりが、今僕らがしゃっべているような考え・価値観を、また別の誰かに伝えていく。受け取った誰かが、他の誰かに伝えていく。そうやって人から人へ、次の世代へと、残したい価値観や文化をつないでいくことが、森と人との架け橋になると思うんです」

環境や働く人に配慮した企業や消費者が増えることで、最初は小さかった木がやがて大きな森をつくりあげるように、社会は大きく変わっていく。その道のりをリーダーとして進んでいくのが、やまとわなのかもしれない。

「誰かの役に立てている、貢献できている。その感触が確かにある仕事でご飯が食べられているんだから、幸せですよ」

二人は、顔をくしゃっとさせながら笑った。

「生き方を問う」ことからはじめよう

安いものが買えればいい、という近視眼的な消費を続けるのか。子ども、孫の世代に残したい社会までを考えた消費をするのか。

二人の話を聞きながら、やまとわの信念は、森林保全へ向けた活動という枠だけでは括れない、“生き方を問う”もののように感じられた。

自分のことだけを考えてしまいがちな日々の中で、ものの成り立ちや未来に目を向けるゆとりを持つ瞬間をつくってみよう。

今日明日で世界が大きく変わることはないけれど、何を選択してどう生きるのか?と問い続けることで、70年後、100年後に残したい未来は見えてくる。

二人が楽しそうに森について話す姿に、筆者が「難解だ」と思っていた森の問題は、ふっと紐解かれた。生き方を問う──。できることから、はじめてみよう。