北海道で最も高い旭岳の麓にある、人口8000人の小さな東川町。

2017年2月に70seedsで取材し、「写真の町」として地域の魅力を伝える町づくりを伝えました。人口減少に頭を抱える町が多いなか、その後も緩やかに人口増加を続けています。

東川町が目指すのは「適疎(てきそ)」。過剰に人を集めるのでもなく、過疎でもない。適当な密度の「適疎」だそうです。

今回、ひがしかわ株主(ふるさと納税者)を対象にした株主総会に合わせて、プレスツアーのお誘いがありました。編集部とはまた違った目線で、東川町を見つめた筆者のコラムをお届けします。

前回の取材から2年後の、東川町の「今」を取材しました。

和久井 香菜子
編集・ライター、少女マンガ研究家。4年ほど前から始めた事業が軌道に乗り、2019年4月に合同会社ブラインドライターズを立ち上げる

すべてが町に馴染んでいる「東川町らしい」町づくり

日本各地で「地方創生」が叫ばれていますが、私のなかで実際の地方活性化は、ちぐはぐなことが多い印象を持っていました。例えば、シャッター街にポツリとオシャレな店があったり、観光客もいないのに巨大なホテルがいきなり現れたり。実際の地域の姿と融合しておらず、ツギハギです。

そんな私が東川を訪れて感じたこと。それは「取ってつけたものがない」ということでした。

そのひとつが、モンベル大雪ひがしかわ店。

アウトドアショップ「モンベル」と東川町は、『モンベルフレンドフェア』などの各種イベントを開催。地域活性のために、協力し合っています。

ブランドが一方的に町の活性化を促すだけではなく、町のほうもブランドを後押ししている。そう感じたのは、町の職員の多くはモンベルのジャケットを着用、町全体でモンベルブランドを大切にしている様子が伺えたからです。

町全体がひとつの企業と密に関係を結ぶことは都会では難しいかもしれませんが、お互いの顔が見え、影響し合う「適疎の町」だからこそ、可能なのだと感じました。

モンベル大雪ひがしかわ店が路面店を開いたのが、2012年。それ以降、移住者を始めとした多くの人がパン屋、雑貨屋、カフェなどの飲食店を、モンベル大雪ひがしかわ店を中心としてオープンさせました。さまざまな種類の店舗が増え、その数は今や60店にもなるのだとか。

東川町にあるお店の多くは、東川という町での豊かな生活スタイルを重視し、自分たちの「らしさ」を追求している。生活者も経営者もお互いに影響を与えながら、小さな経済が自生しているのが東川町なのです。

それからもうひとつ「東川町らしさ」がにじむ風景が、海外留学生が暮らす町であること。

前回の記事でも話が出たとおり、外国人留学生を積極的に受け入れている東川町。現在では年間500名ほどの留学生が町営と私営の語学学校に通い、寮で暮らしています。

そのため、町全体がものすごくグローバルなんです。観光地が外国人観光客で賑わっている、あのお祭りのような雰囲気ではなく、多様な人々が一緒に「暮らす」町。公共施設に行けばいろいろな国の人が勉強しているし、お店に行けばアルバイトとして働いています。町のお祭りなどのイベントでは、ボランティアとして手伝いをすることもあるそうです。子どもからお年寄りまで、多くの地域の人たちと交流し、互いに影響し合いながら暮らす彼らもまた、町にすごく馴染んでいます。

 

「本物」があふれる、整備された町並みが美しい

東川町は2005年3月に「景観法に基づく景観行政団体」になりました。どういうことかと言うと「景観や環境に配慮した住宅」を「東川風住宅」と呼び、庭の植栽、木材の利用、屋根の形や色、塀や囲いの制限、オイルタンクを隠す方法など、各戸が取り組める景観や環境に配慮することが推奨されています。

「東川風住宅設計指針」に沿って建てられた住宅地、グリーンヴィレッジを見せてもらうと、一定の調和の取れた美しい街並みでした。対象地区だけではなく、その周辺の家々も自主的に規定に沿っており、明確にどこからかグリーンヴィレッジなのかが一見分からないほどです。

町全体で、景観を整えることができるのも、大きすぎない「適疎」の町ならでは。あの統一感は、簡単に出せるものではありません。

町の統一感を生み出しているもうひとつの要素に、町の随所に設置されたアートがあります。

東川町立東川小学校には、町内作家のアートワークがいくつも設置されており、子どもたちは小さなころから本物のアートを体感できるようになっていました。仕切りがないオープンな教室は、広々とした造り。これなら教室が「大人の知らない密室」になることはなさそうです。

2018年にオープンした複合交流施設「せんとぴゅあ」にもたくさんのアートがあります。地域住民の交流の場であるこの場所には、東川町にゆかりのある木彫刻の展示や絵画、旭川家具などの展示を行い、文化芸術の発信拠点となっています。どこを見ても洗練されていて、とても安心感がありました。

町のどこへ行っても東川らしく、とってつけた感がないんです。それは、「東川スタイル」というコンセプトが揺らいでいないから。

商品を作るときには「誰に何を発信するのか、何を伝えたいのか」などのコンセプトを決めますよね。東川町を訪れて、町づくりも同じだと感じました。町全体で「どんな町にしたいのか」がハッキリしているから統一感が出るし、そのコンセプトに惹かれた人たちが集ってくる。東川町の取り組みは、「点」ではなくて「点と点を結ぶ線」がしっかり見えています。

 

東川町の新しいチャレンジ

どうしたらこんな町づくりができるのでしょうか。

役場の基本的な方針は、ポジティブであること。「前例がない」「他町がない」「予算がない」の3つの「ない」から脱皮して、「チェンジ」「チャレンジ」「チャンス」の3つの「CHA」がモットーだといいます。

アイデアを形にしていくフットワークの軽さが垣間見えるのが「ひがしかわ株主制度」です。全国で行われている「ふるさと納税」ですが、東川町の場合は寄付者を「ひがしかわ株主」として、強力なサポーターになるという全国的に珍しい取り組み。

株主として投資(ふるさと納税)すると、株主証が発行され、町のさまざまな施設で優待利用が受けられる他、公共施設が町民価格で利用できたり、株主限定企画に参加できる特権があります。また、1万円以上の投資で、いくつかある株主専用宿泊施設に無料または半額などの優待価格で泊まれるんです。東川町に行くなら、株主になっておきたいですね!

毎年開催される株主総会では、株主による植樹が行われます。こうして、自分たちの手で東川の景観が作られていくと、東川町に対する愛着がさらに深まるのだろうと感じました。

そんな東川町では今年から、また新たなチャレンジが始まります。

まずは、株主制度から発展して、会員制度を作ること。会員となったファンの方に投資をしてもらおうという取り組みです。投資に応じてポイントを貯めていけるようなシステムは今年の12月頃に公開予定。独自で自治体サイトを立ち上げて、そこで直接、宿の予約などができるようにすることも考えているといいます。

こうした取り組みを後押しするのが、「東川スタイルマガジン」の発行です。

現在の東川町の進展は、驚くべきものがあります。人口が増え、留学生が滞在し、新しいお店がたくさんできて、視察やメディアにも注目されています。しかしながら、急激な成長は、地域の豊かさを消費してしまう危うさを持ち合わせています。

この地で脈々と培われてきた本質的な豊かさを、町民、株主、パートナー企業が地域と対話することで学び合いながら継承していきたい。そんな思いを持って生まれたマガジンは、1月に0号が発行されます。制作における印刷以外の、写真、デザインなどを担当するのは東川町に住むクリエイターたち。住民の職業支援にも繋がっているんですね。

子どもたちの教育支援も忘れていません。ソチオリンピックで銀メダルを獲得したスノーボード選手、竹内智香選手がスノーボードを始めたのが東川町。彼女のノウハウや思いを子どもたちに伝えて、次のオリンピック選手を生み出そうというプロジェクト竹内 智香×東川町「スノーボードキッズ育成プロジェクト」が始まります。

スポーツから学べることはたくさんあります。目標を持つこと、負けた悔しさを乗り越えること、人と関わること、身体を酷使することで知る達成感や限界値。東川町の子どもたちの未来を育むこのプロジェクトへも支援を募っています。

町づくりで必要な考え方は「今あるものをどう活用できるか」ということ。東川町には、既存の学生寮を外国人向けに開放して留学生を集めるなどの発想力と企画力があります。

これから、さらに発展させようとしているのが「オフィシャルパートナー制度」です。

企業と連携して、サテライトオフィスや福利厚生施設を東川町に設置したり、企業研修を行う取り組みをスタートさせています。留学生が多く、多様な人が住む環境は、今後、さらにグローバル化が進む日本において非常によいサンプルになるはずです。海外からの送金が必要な海外留学生とセブン銀行がワークショップを行い、どのように日本で豊かに暮らしていけるかをディスカッションしたり、優秀な留学生の就職への道づくりに役立てているそう。

これから、ますますパワーアップしていく東川町。今回、町をぐるっと回ってみて、感じたことがあります。

「東川スタイル」を貫くことで、どこを切り取ってみても、矛盾がありません。「このスタイルが好きだ」と感じる人には、東川町はとてつもなく住みやすい町のはずです。

東川町独自の取り組みとして、生まれてくる子どもたちに椅子をプレゼントしたり、小中学校の机と椅子は、町の作り手による木の家具を使用するなど、地元の作り手によって作られた家具を通して東川町の産業に触れながら子どもたちが育つことで町民の豊かさを育んでいます。

景観を大切にする整った町並みには、多様な人が溢れ、子どもたちは伸び伸びと学ぶことができる。世界幸福度ランキングで、日本は58位と惨憺たる順位ですが、東川町に限っては1位のフィンランドくらい幸福度が高そうだと感じました。

 

東川町過去記事

どこの町でも首都になれる