Home / Life / 【連載⑥】戦争の記憶図書館-炭に…

【連載⑥】戦争の記憶図書館-炭になった母親

有名な被爆者写真の被写体だった河内さんのお話から原爆投下前後の広島の姿をたどる連載「戦争の記憶図書館」。第6回となる今回は、どんなエピソードが飛び出してくるのでしょうか。

 

—————

【登場人物】

私:しの

河内:河内光子さん

恵:しのの祖母

坂本:ピースボランティアさん

—————

 

前回までの話はコチラ→【第5回】広島のやんちゃな男たち

 


 

仕事の休憩中にフンドシ一枚で泳ぎに行ったり、

社員をパンツを買いに走らせたり…

今の時代には考えられない戦後の職場の様子を想像して

平成に生まれた私は腹を抱えて笑いました。

 

なんて自由なんだろう!

 

今でこそ他人、他社、人権なんかをより気にして「社会人」という像が作られていますがこのころはもっと個性が認められた時代なのでしょう。

枠組みを作ることで人間間のトラブルは減り、解決策も増えた一方、個性が削られそこからはみ出す人を「社会不適合者」「障害者」と呼び区別する傾向がより深まっているように思います。

どの時代にもそれぞれ特徴があって、その時代背景を持つ人にしかない考え方や価値観がありますが、私が祖母の世代と話すのが好きなのはこう云った一人一人の個性に魅かれるからなのでしょう。

 

さてひとしきり笑って抱えた腹を据えたところで話を変え、戦争当時の河内さんのお母さんについて尋ねました。

 

 

私:河内さんのお母さんはどんな方でしたか?

 

河内:家は舟入幸町にあって、お菓子の配給所をしよりました。私を産んだ母親は私が4才頃に亡くなって、二番目の母親が大切に育ててくれました。優しい母親でした。

 

河内さんの上品な語調や仕草からその様子がうかがえます。

 

河内:原爆の日は家にいたんですが、家に帰ると背中に大きな梁が落ちとって真っ黒焦げになって死んでいました。

手と足はちぎれ、残った胴体はまるで赤ん坊が横たわっているようなかったです。

遺体を発見した時は、喉元が半分ちぎれたようになって黄色い煙が上がっていました。

 

喉元に置いた手をあげてその先を見る河内さん。

その手先を思わず全員の視線が追いました。

 

河内:当日は家に大きいお金を置いていて、母は金庫の方を向いて死んでいたのでこの遺体が母であることはすぐにわかりました。

父が大工をしよったから、広商の校庭へ暁部隊の兵舎を建ててくれ云うてね、兵隊さんが家に来てお願いがあったわけです。

それで置いていったお金を父がどこか預ければよかった。銀行か郵便局か。…しとらんのです。

 

……

 

河内「なんで腹巻きに入れとかんかったんね。いっつも金入れとるくせに」

 

河内父「あれがのう、XX病院の修理に来てくれ言われて」

 

……

 

河内:そして職場に弟子を一人連れて行って修理しよるときにぶっ飛ばされたんですね。

 

……

 

河内「なんでお金を置いて外に出たんね!」

 

河内父「仕事するのにそんな金があっちゃ困る」

 

河内「なんで銀行に預けんのんね!」

 

河内父「そんなにわしを責めなや。いつ銀行に持って行く時間があるんや、わしゃ日が暮れるまで仕事しよるのに」

 

河内「お母ちゃんに頼めばお母ちゃんが銀行に持ってくじゃない!なんでお母ちゃんに持って行かせんかったんね!ほじゃけえお母ちゃん死んだじゃない!うちゃ5時に起きて洗濯しながらご飯炊きながらおかず用意しながら、ほして学校に行ったじゃない。なんでこう言う目にさすんね!」

 

河内父「やねこけりゃ学校やめい」

 

……

河内:と、こうきた。

 

腹が立って腹が立って…台所で大げんかしたの覚えてます。

「責めなや、しょうがないじゃない!」

「ほしたらお母ちゃんも生きとる!!」

いうて私は気狂いのように叫びました。

 

戦後に父と大ゲンカをしたという河内さんの目は71年経った今でも当時を見ているように悔しさに満ちていました。

 

坂本:そんな風に煙が出るもんなんですか。

 

河内:ええ、黒焦げですよ、頭は丸坊主で。金庫の方に向いとるから絶対母だと思うんですよ。でも顔は焦げてわかりません。目も穴が空いとる。

 

私は自分の母親に重ね合わせて、胸が締め付けられるような思いでした。

 

 

→続く【第7回】主人とのそろばんバトル