地域とつながりながら、自らの手で仕事を生み出す。埼玉県比企郡に移住し、そんな「生き方」を選ぶ人々を紹介する本連載。

最後を飾るのは、当時大学院2年生で鳩山ニュータウンに移住し、建築を通じた地域での活動をした小西隆仁さん・永田伊吹さんだ。

将来は建築家になりたい、建築を通じて社会にアクションを起こしていきたい。そのための経験として、移住することを決めたと語る二人。

「不安はあったけれど、それ以上に面白そうって思えたから」

好奇心いっぱいで踏み出した先、彼らはどんな景色を見たのだろうか──。

学生最後の年に「移住」という選択をした、小西さん・永田さん、それぞれが想う「生き方」を伺った。

貝津美里
人の想いを聴くのが大好物なライター。生き方/働き方をテーマに執筆します。出会う人に夢を聴きながら、世界一周の取材旅をするのが夢です。

やりたい、なら、やってみなよ!背中を押され形に

鳩山ニュータウンへ移住し、空き家を改修して建てられた国際学生シェアハウス『はとやまハウス』に暮らしながら『鳩山町コミュニティ・マルシェ』の運営にもたずさわり、少しずつ町に溶け込んでいった二人。

ところが移住直後は、悶々とする日々が続いたという。

(永田)「学生の自分に、地域でどんなことができるのか?わからなかったんです」

悩む二人に最初のきっかけをくれたのが、ときがわカンパニー合同会社代表の関根さん(連載第1回目に登場)だった。

(永田)「菅沼さんが営むニュー喫茶幻(連載第2回目に登場)でパーティーをしていたとき、一緒にいた関根さんに、悩みや弱音をぽろっとこぼしたんです。学生だから、とか。建築は気軽に実物としてアウトプットできるものが少ない、とか。そしたら『一回、うち来なよ』と、iofficeに呼んでくれて。軽い気持ちで伺ったんです。そしたらその日の最後の方に突然『なんかやりたいことあるでしょ?やりなよ!』って言われて」

そのとき、とっさに出た言葉が「屋台やります!」だった。

(永田)「なにか応えないとという状況で、思わず宣言しちゃったんです(笑)。言ったからには後に引けなくなって、一回、うちきなよと呼ばれて伺っただけだったので、自分でも思ってもみなかった展開でした」

(小西)「永田くんからその発言を聞いたときは、驚きました(笑)。でもやるなら、ちゃんとやろうって話をして。調査を重ねて調整すれば絶対うまくいくって思ったんです」

二人の「なにかやってみたい」という想いを、形にするきっかけをくれた関根さん。やらざるを得ない状況をつくってもらったことで、やるしかない!と、どんどん手を動かしていったという。

(小西)「どんな屋台(什器)を作ったら、鳩山ニュータウンで活用できるものになるのか?町を巡りながら調べると、使われていない公園や足腰が弱ってあまり出かけられない高齢者がいることに気がつきました」

町を知ったことで思いついたのが、地域住民がつくるハンドメイド商品や野菜を、屋台に乗せて移動販売する取り組みだった。

(永田)「でもただ、商品を乗せて移動販売するだけじゃない。住民同士のコミュニケーションツールにもなると思いました。スタートしてから、実際に『この布マスクは、◯◯町の△△さんが作ったんですよ』とか『87歳のおばあちゃんが作ったんです』と伝えると、『あ!あの辺に住んでいる方なのね』『私より3つも年上の方が作ってる! 』と喜んで買ってくれました」

(小西)「作り手の想いを、受け付け、運んで、受け渡す。そんな役割を担えるんじゃないか。そう思って、『運ぶ受付』という名前をつけました」

地域で手と足を動かし、肌で感じた学び

こうして誕生したのが、地域住民がつくるハンドメイド商品や野菜を、運び、受け渡すことができる販売・交換のためのプラットフォーム『運ぶ受付』プロジェクトだ。

什器の屋台は自分たちで設計し、自主制作で完成させた。活動を知ってもらうため、住民の自宅にチラシを配って回り、町中あらゆるところで移動販売をしたという。

商品の作り手とお客さん。そのどちらの顔も見える地域ならではの環境で、二人はどんなことを感じ、学んだのだろうか。

(永田)「値段以外の部分で、“商品の価値”がつくのを目の当たりにしました。例えば、大量生産で作られたマスクが400円。運ぶ受付で取り扱う手作りマスクは500円だったとして。恐らく何も説明をしなければ、値段だけを見て安い方を選ぶ人がほとんどだと思うんです」

「でも、誰がどこで、どんなふうに作っているのか。商品の背景を伝えると、少し値が張っても喜んで買ってくれる。そこにコミュニケーションをはさむだけで、ものの価値の伝わり方は変わるんだと学びました」

安ければいいという建築物や家具は作りたくないし作れない。『運ぶ受付』を経て培った想いで、永田さんは現在「比企郡の地元木材を使ったキッチンカー」や「地元職人の技術が宿る、本棚」の制作にチャレンジしているという。

小西さんも、永田さんのエピソードに共感しつつ、また違った角度からの学びを教えてくれた。

(小西)「やりたいことをやるには、相手に価値やメリットを伝える力が必要なんだと学びました。というのも、最初は運ぶ受付に出品してくれる人がなかなか集まらなくて……。活動内容をうまく説明できず苦戦しました」

出品料として500円をもらっていたため「本当に価値があるの?売れるの? 」という反応も少なからずあったという。

(小西)「プロジェクトに対して、良いものができたという自負はありました。でもそれは、お客さんにとっては関係のないこと。価値やメリットを説明できなければ、協力も得られないし活動資金も集められない。周囲を巻き込む力がないと、そもそもやりたいことはできないんだ、と肌で感じられたことは本当にいい経験でした」

真剣な眼差しで語る小西さんは現在、鳩山ニュータウンの元空家を活用した『シェアアトリエniu』を新たな活動拠点として、新しい住民を巻き込みながら展覧会やワークショップ等を企画・開催している。

移住してよかったね、と言ってもらえるように

まだ、学生だから。経験がないから。そんな言い訳を吹き飛ばし、自分たちにできることを考え、動き、一つのプロジェクトを成功させた小西さん、永田さん。

とはいえ、所属する学校がある町でも、友人がいる町でもない。縁もゆかりもなかった鳩山ニュータウンに移住し、新しいことにチャレンジする不安はなかったのだろうか……?

(永田)「もちろん、不安はありました。移住する前に、移住後にやらなきゃいけないことが、次から次へと浮かんで。勉強と両立はできるのか?生活費を稼ぐためのアルバイトはどうするのか?正直、移住しない方がいい理由ばかりを見つける自分もいました」

(小西)「実家にいればオンラインで授業を受け、活動もできる。あえて不安が伴う新天地に身を置くより、そっちの方が楽だろうなというのはわかっていました」

それでも「移住」を選んだ二人。一体、なにが彼らの背中を押したのだろうか。

(永田)「いまやってみたいことは……?そう自分に問いかけたとき『未知数が多い、新しい環境に触れてみたい』という気持ちが湧き上がったんです。やらなきゃいけないこと、やりたいこと。両方を天秤にかけたとき、どちらも大切だけれど、今回は「やりたいこと」を選ぶことで新しい経験ができればと、移住を決意しました」

(小西)「その土地に実際に暮らしてみないとわからないことってたくさんあると思っていて。やっぱりオンラインではなく、自分の目で見て、触れて、感じながら実践したかった」

不安だからこそ、むしろ新しいことに出会えるチャンスだと思った。ワクワクする気持ちを優先したい。当時の気持ちを振り返りながら、清々しい笑顔を浮かべる二人。

(永田)「移住をする!と伝えたときは、みんな半信半疑で。心配してくれる人もいれば、半笑いの人もいたかな(笑)。でも僕たちが楽しそうに活動するうち、『イキイキしてるね! 』『移住してよかったね』って言ってくれる人が増えました」

小西さんも、同感とばかりに口角を上げ、勢いよく続ける。

(小西)「むしろ『移住してよかったね』って言われるくらい、やってやる!って思ってました。選択自体より、選んだ先でどう頑張るかで周りの反応は変わるから。一旦行動(移住)をして、そこからどうするかを考える。じゃないと、行動を起こす前に立ち止まってしまうので」

自分を主張すれば、応援してくれる人に出会える

懐かしそうに、新しい一歩を踏み出そうとしていた頃の自分を思い出す二人。そこから実際に移住をし活動をしたからこそ実感した、地域でチャレンジする上で大事な心がけを話してくれた。

(小西)「地域では、自分の能力を出し惜しみしないことが大事。謙遜したり遠慮せず、『これができます!』と主張することは意識していました。まだまだ未熟だ、未完成だ……と思うことも、やってみたら意外と役に立てた!という経験はたくさんありました」

永田さんも共感すると頷きながら続ける。

(永田)「僕らの活動はお客さんの顔が見えるので、直接『ありがとう』と感謝されるのは嬉しいです。誰でもいい、ではなく『あなたにお願いしたい』。個人として依頼してもらえる関係が築きやすいと思いますね」

(永田)「あとは自らアクションをする・主張することは心がけていました。『これやってみたいんです!興味があるんです』と、なるべく自分からプッシュする。そうすると『きみ、面白いね』と応援してくれる人に何故か出会える」

関根さんや菅沼さんのような、活動を後押ししてくれる人に出会えたのも大きいよね。顔を見合わせ、しみじみ振り返る二人。

(小西)「自分たちだけでは難しいことも、支えてくれる人たちがいると頑張れました。困ったときは相談に乗ってくれるし、サポートしてくれる」

(永田)「そうすると嬉しくなって、また何かやってみたいくなるんですよね。先に移住し、チャレンジしやすい土壌をつくってくれた人たちのおかげで、伸び伸びやりたいことができているんだと思います」

移住した先、出会った人たちの後押しを受け「できること」の輪を広げていく小西さんと永田さん。その姿に、地域で人とつながり生きる豊かさを感じた。

比企郡のみなさんに「自分らしい生き方」をインタビューしながら巡った今回の連載。

お互いが、お互いのチャレンジを後押し、一人ひとりが「やりたいこと」を実現させるみなさんに、生き方も、働き方も、暮らす場所も、自分で選択していい。そう軽やかな一歩を踏み出すための背中を、押してもらった気がした。

写真提供:Keisuke Adachi