地域とつながりながら、自らの手で仕事を生み出す。埼玉県比企郡に移住し、そんな「生き方」を選ぶ人々を紹介する本連載。

「ときがわ町には『やってみたい』と口に出すと、手を貸してくれる人がたくさんいる。自立している人が多いからか、周囲のチャレンジを応援する文化が根付きつつあるのかもしれないですね」

そう話すのは、ときがわ町に20年前から暮らし、子育てをする工藤瞳さん。看護師として働く傍ら、アロマセラピストとして自宅の一室でアロママッサージを施すサロン『澄香〜sumika〜』を開業。さらに、オリジナルブランドの温泉石鹸『ときたませっけん』を手づくりで製造・販売もしている。その小柄な姿からは想像もできないほどパワフルな女性だ。

「毎日を一生懸命過ごすうち、息切れしてしまうことって誰にでもあると思うんです。ついつい、自分のことを後回しにして頑張り過ぎてしまったり。周囲の期待に応えたい!と、無理をしてしまったり」

でも心と身体が壊れる前に、自分をいたわり癒す方法を知ってほしい。そう願いを込めるよう話す工藤さんに、「自分を大切にする生き方」とは何か、お話を伺った。

貝津美里
人の想いを聴くのが大好物なライター。生き方/働き方をテーマに執筆します。出会う人に夢を聴きながら、世界一周の取材旅をするのが夢です。

心と身体に寄り添ったアロマセラピーを届ける

アロマセラピーとは、植物から抽出した香り成分である精油(エッセンシャルオイル)を使って、心身のトラブルを穏やかに回復し、健康や美容に役立てていく自然療法のこと。人間の自然治癒力を高め、疲れた心身を癒してくれる。
(参照:https://www.aromakankyo.or.jp/basics/introduction/

工藤さんがオーナーを務めるサロン『澄香〜sumika〜』を訪ねる方も、目まぐるしく過ぎる毎日に心身ともに疲れ、リラックスしたい……と駆け込んでくるという。

「仕事がすごく忙しい、人間関係に疲れてしまって……。とおっしゃる方は多いです。できる自分を見せようと背伸びをしたり、しっかりしなくちゃ!と頑張り過ぎてしまっていたり」

こうあるべき、こうしなきゃいけない───。自分をがんじがらめにするほど、心身ともに窮屈になり、筋肉はこわばってしまう。それをゆっくりほぐすよう、まずは丁寧なカウンセリングをしてから施術を始めるという。

「身体のどの部分が、どう痛いのか。どんな悩みを抱えてらっしゃるのか。たっぷり伺った後、その方に合ったアロマオイルやトリートメントを選んで施術をしています」

スポーツアロママッサージの資格も持つ工藤さんの元へは、部活帰りの学生も訪れる。

「学生は特に、試合に出られなくなって初めてケアが必要なんだって気づくじゃないですか。身体の成長に合わせてパフォーマンスもどんどん伸びていく時期に、怪我で選手生命が絶たれてしまうのはもったいない」

ちゃんとケアしておけば良かった……と、後悔する姿を見るのは胸が痛い、と続ける。

「だから、学生がお小遣いを持って来やすいよう30分1,000円コースをつくったんです。マラソン大会で一位を取りたい、と言って来る子もいて。足を痛めてからじゃ遅いから、もっと早くおいで〜!って言っています(笑)」

スポーツアロママッサージには、母親目線のやさしい眼差しと愛情が込められているようだ。

壊れる前に、自分を大切にしていい

頑張る人に癒しを届けられたら、と様々な挑戦をする工藤さんは、踏ん張りながら毎日を送る人々へアロマセラピストとして伝えたいことがあるという。

「心身のバランスを崩す前に、ケアをしてほしいんです。みんな自分をおろそかにするじゃないですか。やさしい人ほど、自分を差し置いて、家族や友人、恋人、会社の同僚やクライアントを優先しがち。でも必要以上に相手を慮ったり、頑張らなきゃと自分に厳しくすることは、行き過ぎると気づかぬうちに心身を蝕んでいることもあります」

その想いには、工藤さんの苦しかった経験が宿っている。

「28歳で離婚を経験したのですが、今思うと精神的に参っていたなって思うんです。人と話しているときも、なんでもない会話なのに急に涙がうるうると瞼に溜まってきて。どうしたの?と聞かれるんだけど、本当に何があったわけでもない。『ああ、心が疲れてるんだな』ってことはわかるけど、当時の私にはどうしたらいいかわからなかった」

ストレスを溜め込むと体調を崩したり、心まで壊れてしまう。でも自分をいたわり、癒す方法がわからないと、どんどん自分を後回しにしてしまう。

その悪循環によって、何気ない日常生活を笑って過ごせなくなってしまう苦しい経験をしたからこそ、周囲の人へそうなってほしくない。そんな原体験が、工藤さんを突き動かしているのだ。

「頑張りたいけど、頑張れない……。心が追いつかなくなって、しんどくなってしまった人が、また次頑張れるときのために、少しでも自分を癒しいたわれる場所をつくりたいです。『こうやって自分をケアすればいいんだよ、こうすれば少し楽になるよ』と伝えることで救われる人がいるのなら、嬉しいですね」

「ときがわ町」で夢を叶え、さらにその先へ

看護師の傍ら、アロマセラピストとして開業し、心と身体に寄り添いながら施術をする工藤さん。ときがわ町で起業をしようと思ったのには、子育てをする母親ならではの理由があった。

「まだ子どもが小さかったので熱を出したり、子どもの用事で急に仕事を休まざるを得ないことが多くて。その度に『すみません、今日お休みさせてください』って職場に電話を入れるのが億劫だったんです」

苦笑いをしながら当時を振り返る。

「なら自宅で、自分のペースや配分で仕事ができたらいいなと。開業を考えた理由はそこからですね」

その後、ときがわ町の事業を担うときがわカンパニー合同会社代表の関根さん(連載第1回目に登場)のもとへ起業相談に行き、比企起業塾(現在は、比企起業大学・大学院)の一期生として門を叩いた。

仕事を生み出す術を学ぶ中で、どんな変化があったのか。尋ねると「夢が叶ったんです! 」とご本人も驚いたような表情と明るい声が返ってきた。

「起業塾のプログラムの一環で目標をシートに書くときがあって。『ハーブとアロマセラピー関連の事業を行っている企業の“生活の木”で講師をしたい』って兼ねてからの憧れを書いたんです。一人だったらきっと、目指すために行動するのもためらう目標でした」

とはいえ、宣言をしたからにはやってみよう。いざ講師の募集ページを調べた工藤さん。すると……。

「申し込み期限が過ぎてたんです!(笑)やっちゃったなぁと思いつつ、一か八か電話してみました。そしたら『ちょうどメディカル系の講座をやりたかったんです、是非お願いします』って返事をもらえて!」

夢を叶えた工藤さんは、看護師の経験も活かしつつ、膝の痛みや腰痛、肩こりに効くアロマを使った講座やセルフマッサージの方法を伝える講座、ときにはハンドクリーム作りをする講座を担当している。

「起業の道を選んだのは、一人の看護師として自立したいという想いもありました。看護師の働き方って、病院勤務がほとんど。経験や知識を活かしてできることはたくさんあるのに、独立のすべがあまりないんです」

いずれ、アロマセラピーを使った看護師を集めて何かできたらいいなと密かに思っています。そう、にこやかに笑いながら、すでに次の挑戦を見据えているようだ。

ときがわの人のつながりが「夢の後押しに」

「チャレンジしたことが実を結ぶのは、ときがわ町だからっていうのもあると思うんです。起業をしたり、移住をして何か活動をしている人が多いからか、人が人をつないでくれる」

手づくりの温泉石鹸『ときたませっけん』の製造・販売に挑戦したときに「ときがわ町の人のつながり体感した」と、工藤さんは言う。

「例えば、産業観光課の方を紹介してくれたのは、野遊び夫婦のアオさん(連載第3回目に登場)でした。『町中の施設に石鹸を置くときは言ってください!一緒に行きますので』って言ってくれて。ときがわで様々な方と関係値を持つ関根さんも、信頼のおける役所の方を紹介してくれました」

『ときたませっけん』は、サロンに来られない人にも癒しを届けたい、という工藤さんの想いが形になったもの。

「石鹸なら、ご自宅でも使っていただけますよね。日々の疲れを取るために、セルフケアを日常的にしてもらえたらって思うんです。毎日のケアとしてお風呂でリラックスしながら使ってもらえたら。そんな気持ちを込めてつくりました」

ふわふわの泡を肌に乗せると、身体のみならず心まで包み込まれるよう。うっとりするやさしい感触に、すっかり筆者も『ときたませっけん』のファンになってしまった。

「やりたいことを形にするまでに、周りがすごく力を貸してくれる」と、工藤さんはときがわ町での挑戦を振り返る。

「一人で何かをやるっていうより、それぞれが自分のできることを持ち寄って、みんなで協力しながらやる風潮があるように思いますね。ときがわでは、私のように周囲に後押ししてもらって夢を実現している人は、珍しくないですよ」

自分だけでは思いつかなかったアイデアをくれたり、出会えなかった人につないでもらえたり。地域の中でいろいろな人の力が働いているのを肌で感じるという。人のつながりが夢の実現をぐっと近づけるのだ。

最後に、工藤さんが想う「生き方」とは───。

「自分を大切にしていいんだと、気づいてもらえたらなって思うんです。心と身体が壊れる前に、自分をいたわり癒す方法を知ってほしい。ここ、ときがわ町から伝えていきます」