「私たちのエタノールは、ツーンとしないいい匂いなんですよ。それだけではなく、作り手の顔の見えるエタノール。トレーサビリティをお届けするを重視しています」

そうニコニコと語るのは、株式会社ファーメンステーション・代表取締役の酒井里奈さん。
ファーメンステーションは岩手県奥州市にあるラボを拠点とし、化粧品や日用品などのプロダクトを製造するために欠かせないエタノールや発酵原料を、独自の発酵技術で未利用資源から製造している会社だ。「循環型社会を構築する研究開発型スタートアップ」を称し、日々未利用資源から付加価値のあるものを探し研究開発を進めている。Forbes JAPAN「日本のインパクト・アントレプレナー35」にも選出され、2021年には「日本のスタートアップ大図鑑」にも掲載された、国内でも有数の先進的な取り組みをしている企業である。

注目を浴びている理由の1つは、自他ともに認めるサーキュラー・エコノミー(循環経済)のパイオニアだからだ。

サーキュラー・エコノミーは資源循環を通じた経済の在り方であり、「調達→生産→消費→廃棄」といった一方向の流れではなく、 「リサイクル⇄再利用⇄再生産⇄省資源の製品開発⇄シェアリング」などを通じた資源循環の実現を目指す概念である。

酒井さんはなぜファーメンステーションを始め、「サーキュラー・エコノミー」を推めているのか。事業に通じる酒井さんのルーツを伺った。

鈴木賀子
ジュエリーメーカー、広告クリエイティブ領域の製作会社、WEBコンサルティング企業を経て、2016年より70seeds編集部。アンテナを張っているジャンルは、テクノロジー・クラフト・自転車・地域創生・アートなど、好奇心の赴くまま、飛びまわり中。

課題解決のためにアクションをおこした地域の人々

まずファーメンステーションの成り立ちとして、ラボがある岩手県奥州市の人々について語らなければならない。奥州市には、課題解決のためにアクションをおこした地域、そしてそのアクションを支える自治体それぞれにキーパーソンたちがいた。

まず紹介したいのは、集落営農をしている農事組合法人アグリ笹森の方々。

実は2010年代、主食用米の価格は一度1kgあたり180円台まで下落したことがある。令和2年時点で、240円台まで回復しているが、リスクヘッジのため農林水産省は、飼料用米等の生産移行を推奨している。もしまた同じように下落した場合、生産者は赤字を抱え、生活も立ち行かなくなるという課題の中、余った休耕田の資源を活用し、なんとか別の事業にできないかと、アグリ笹森の人々はアクションを起こした。

元々旧胆沢町(現 奥州市)では、1990年代後半から若手農家の勉強会が開かれており、1999年には「農業者アカデミー」が発足。東北大学から教授を招いたり、米国の識者が参加する国際シンポジウムを開催したり、活発な活動を続けていた。

目まぐるしく変化のある情勢の中、毎年同じ手間をかけて美味しい米を育てるという歴史のある営み。それを大切にするだけではなく、アカデミーを通じて未来の農業の在り方を模索してきたという。その経緯を経て得た「米をバイオ燃料に変える」方法。具体化するために、市役所に打診したのだ。

アグリ笹森の打診を受け、東京農業大学応用生物学部醸造科学科の門戸を叩いたのが、当時市役所の地域エネルギー推進室課にいた村上幸男氏だ。関係者の熱意で生み出せた「コメをバイオ燃料に変える」実証結果。しかしながら既存モデルが無い新しいビジネスは、本気で取り組む人がいなければ絵に書いた餅になってしまう。

そのような課題感から村上氏はアクションを起こし、酒井さんとの出会いに繋がったそうだ。そして2010年4月から奥州市の実証実験「米からエタノールと餌をつくる地域循環プロジェクト」がスタートした。

最後のキーパーソンは「農家民泊まやごや」の女将、及川久仁江氏。彼女は前述のアカデミーの参加者でもあり「農村が農村であり続けること」を人生の目標として、約20年前に農山村再生のための「私の100年計画」を発表。農家民泊などの地域活性化事業を立ち上げ、今まで活動を続けている。

彼らと出会った当時を振り返り、酒井さんは語る。

「彼らはものすごくオープンで、サーキュラーエコノミーという言葉は知らなかったけれども、地方に住んで、自然とともに暮らしてるからこそ気づいていた大事なものを、大事にしたいっていう価値観を持った人たちだったんです。久仁江さんの100年計画は、まさに農村の人々がサーキュラー・エコノミーを実践して生きていくためのビジョンでした。実際に計画は、ひとつひとつ叶っていっていて、私自身も彼女の計画の一部に過ぎないなと感じるほどです」

酒井さんは彼らと任意団体の「マイムマイム奥州」を設立。養鶏農園を営むまっちゃん農園の松本崇氏など同じ課題感に共感する地域の仲間たちと、生産したエタノールの活用についてディスカッションしたり、奥州市の地域活性化のための体験ツアーなどを行っている。

「プロジェクトが走りだしてから、生産するエタノールや発酵したあとの粕をどうビジネスにつなげるか、一緒に試行錯誤して考えてきました。奥州市の人たちがいなかったら、100%成立してない事業です。地域のみんなと楽しくやれなきゃ、この事業の意味がないと思っていますね。私の家族も、13年も通い続けている奥州を第2の実家みたいに感じているし、彼らも家族のように受け入れてくれています」

「実は嬉しいことに市役所の職員として一緒に伴走してくれていたうちの一人が出会って13年目にして、今年ファーメンステーションのメンバーになりました。今、次のフェーズのために人を増やしているので、初期メンバーの思いをどうやって後続メンバーに共有していくか、取り組んでいる最中です」

水田という資源を、それぞれの未来のために活用していきたい。そんな思いのある人々が集い、家族のようなコミュニケーションの上で、ファーメンステーションの活動は広がっている。彼らの関係性は、共感する価値観を軸とした、地域のコミュニティと企業の理想的な形のひとつなのだろう。

 

『奥州サボン』というトレーサビリティの形

地域の人たちの関わりは、キーパーソンのメンバーだけではない。奥州の地名を冠した、ファーメンステーションの化粧品プロダクト『奥州サボン』の開発には、住民の方々との関係があった。

プロジェクトが走り出した当初、エタノールの生成過程で生じた発酵粕は、飼料にする以外の価値を見いだされていなかった。粕を手で扱うと肌が潤うということに気づいたメンバーと、具体的に機能性を調べたところ、ヒアルロン酸保持効果、抗酸化作用、抗老化作用があり、アミノ酸を多く含む、素人目から見ても絶対美容にいいという原料だったことが判明した。

発酵粕の活用に「市民の老若男女皆さんが使えるものを」という要望から生まれた試作品が固形石鹸だった。事業の成果発表として、石鹸を配布しアンケートをとったところ、担当者が驚くほどの数百件を超える回答が寄せられた。「つっぱらない」「しっとりした」「保湿がいい」「製品化されたら買いたい」。多くの住民の声を受け、正規製品として奥州サボンが誕生したのだ。

「奥州市で10年以上売れているロングセラー商品で、冠婚葬祭のギフトにって使ってくれる地域の方もいるくらいなんです。それに、私はずっと顔の見えるものを選んで生きてきたので、化粧品についてもそういうものがあってもいいよねって」

「化粧品に無くてはならないエタノール。でも市場で出回っている多くは誰が作ったかほぼわからないんですよ。農作物は、○○さんの作った野菜とか、トレーサビリティがずいぶん浸透してきましたよね。奥州サボンは私たちだったらこういうものを使いたいな、が重なってできたプロダクトなんです。だからファーメンステーションはトレーサビリティを売る会社だとも思っています」

岩手県奥州市から始まった、サーキュラー・エコノミーの環は、創設から10数年たって、徐々にその環を広げてきている。しかしながら、社会全体としてまだまだアクションを起こしている企業は少ないように筆者は感じる。その中で国が大きな舵を切った。

 

サーキュラーエコノミーは実現するか?

2020年5月、経済産業省はサーキュラーエコノミーへの移行に際して今後日本が進むべき方向性についてまとめた「循環経済ビジョン2020」を公表した。

20年前に提言したReduce, Reuse, Recycleの3Rと呼ばれる「ごみを減らす、ごみを出さない、ごみを有効活用する」という大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済をベースにしたやり方から、より資源を循環させて活用させていく方針を、国が表明したのだ。

国の提言より10年以上前から、ファーメンステーションはアクションをし続けてきた。

この数年間で、岩手県奥州市にあるラボには数多くの企業・団体が視察に訪れ、事業共創の数も増えてきた。最近実施して面白かった事業共創の資源は「ゆず」だという。

毎年約3,500tトン単位で発生するゆずの搾りかすに困ったJA高知、高知県などと協業し、ゆずの搾りかすだけからエタノールを採取した。糖質も少なく、繊維も搾りかすのため水分も少なく、扱いやすいものではなかったそうだ。ゆずの香りと可能性を有効活用できる研究となった。

「ゆずに関しては、JA高知でも今まで家畜の餌にできないか検討したり、精油を抽出したり、試行錯誤していた。利用先はあったけれども、根本的な解決にはつながっていなかったそうなんです。課題を抱えた現場に対して、ひとつ新しい選択肢を提供できたことが、2020年の研究のハイライトでしたね」

サーキュラー・エコノミーを実現するためのソリューションとして、日々ファーメンステーションには、課題を抱えた企業や団体から相談が持ちこまれる。徐々に国内でもサーキュラー・エコノミーに向けての意識の変化が生まれているようだ。

過渡期を迎える国内の動き。社会としてサーキュラー・エコノミーを実現することは可能なのだろうか。率直に疑問をぶつけると、酒井さんからは迷いのない答えが返ってきた。

実現できると思っています!できない理由も特に見つからない……。どんどん溢れていく未利用資源をうまく活用して、もっといいもの作ることが、世界の当たり前になっていくことを無条件に信じています。だから、私たちの気持ちは13年前の立ち上げ当初から、迷いなく変わっていないです」

即答する酒井さん。サーキュラー・エコノミーという考え方に触れたばかりの筆者からみると、とても得難い感覚のように思う。地球環境問題における社会に対する課題感が自分の中に無ければ、サーキュラー・エコノミーという概念の良さに気づけないだろうと思うからだ。なぜそのような感覚を持っていたのだろうか。

 

世界人権宣言にサインしたことで気づいた価値観

自分は学生時代から、多様性を意識する環境にいたかもしれない、と語る酒井さん。父親は海外ともやり取りするメーカー勤務だったため多種多様な人々と接することも多く、フェアでいたいと考える人だったそうだ。家族で「フェアとは?」を話題に上げて話すこともあったという。

さらに、高校時代に通っていた学習塾の先生にも影響を受けたと酒井さんは語る。当時は大学院生で、その後共同通信の名物記者になり、現在はジャーナリストとして活躍している方で、戦争に関する本を貸してくれたり社会情勢の話を身近に話してくれた。先生と戦争責任についてディスカッションしたり、国際紛争の話などを日常的に聴いた経験で世の中で起きてることは自分に関係があるんだ、という価値観を得たという。

「価値観のベースとして、大学として選んだICUの影響も大きいです。ICUは入学式で世界人権宣言にひとりひとり署名をするんですよ。宣言のテキストを読みげて「私はこれに沿って学生生活を送ります」ってサインをする。多様性を受け入れることが当たり前だと考えている人がたくさん周りにいる環境で学生生活を送れたことは、意味のあることだったと思っています」

多様性を受け入れることが当たり前、遠いところで起きてることを自分に関係ないと思わないのが当然、という価値観。やっと今、広がってきた価値観を何十年も前から前提として生きてきた酒井さん。サーキュラー・エコノミーに気づくアンテナは、学生時代から培われていたようだ。

よりよい方を選び取ることを迷わない

2021年3月、ファーメンステーションは第三者割当増資により、2億円の資金調達を実施した。ビジネスを加速させる酒井さんの原動力は何なのだろうか。「地球環境のため。は疑念の無い大前提として」と前置きをし、語ってくれた。

「知らないことを知ることは楽しいという思いが根底にあると思います。最近だと、ANAさんとの事業でバナナから生成したエタノールでウェットティッシュを作ったんです。その過程で、なぜバナナの廃棄がでるのか?という疑問にぶつかり、バナナの流通について新たに知識を得ました。常に自分の知識がアップデートすることが楽しい。さらにバナナからできた発酵粕を奥州の鶏が食べて、という流れがあって。養鶏農家とANAが一緒にプロジェクトをすること自体が、今までにないことだらけ。それって楽しくないですか?」

さらに「環境にいいものとわるいものが、パキッと綺麗にわかれてるものなんて存在しないと思うんです」とも酒井さんは言う。

どちらを選ぶかとなったら、よりよい方を選び取ることを迷わない。

「私たちは、全ての選択肢において「あなたはどういう選択をしますか?」と投げかけていきたいと思ってるんですよね。プロダクトを作るとき、なぜこのボトルなんだっけ?どうしてこのラベルにしたんだっけ?なんでこれ作るんだっけ?と、ひとつひとつちゃんと考えていく。アウトドアスプレーを例にすると、奥州の休耕田の米を材料に顔のみえるオーガニックエタノールと、ネパールのフェアトレードの精油と、新潟の福祉施設の方々に製造してもらうというようなやり方なんです」

「今、ファーメンステーションは小さく先頭を走っている感じだなと思っているんです。だからもう少し大きく走りたい。私たちのやり方に共感してくれる方を増やすことがやらなければいけないこと。価値観をどう広げていって市場を作るのか、が命題です。私たちのやり方が広まって、サーキュラー・エコノミーって、事業性も社会性もあって楽しい!と世の中が変化していくと良いなと考えています」

事業性だけではなく、地域や社会といった要素もきちんと考えより良い選択肢を選びプロダクトを世に送りだしていく。他の会社よりすごくステークホルダーが多いんです、と酒井さんは語る。ファーメンステーションのあり方を追随する企業が増えていく未来が、酒井さんにはしっかりと見えているのだろう。