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【連載⑩】戦争の記憶図書館―兄は二度海に沈む

72年前の8月広島で起きた、大きすぎる衝撃とともに語られる「あの日」。

でも、被害にあった人々の「その後」に目が向けられることはあまりありません。

実は今と変わらない「日常」を、有名な戦争写真のモデルになったおばあさんの語りとともに描く連載も第10回となりました。

 

今回は海洋遭難中に起きた、「男ならでは」のアノ話。

 


 

※前回の話はコチラ→【連載⑨】戦争の記憶図書館―帰らなかった父の弟子

※最初から読みたい方はコチラ→ 【連載①】戦争の記憶図書館-プロローグ

 

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【登場人物】

私:しの

河内:河内光子さん

恵:しのの祖母

坂本:ピースボランティアさん

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大阪で決まった就職は船の上

 

私は大工をしていた河内さんの父親の弟子が彼女と言葉を交わして日本を出たまま帰ってこなかったという話にまだ身近な人を重ねて想像するだけでいたたまれない気持ちになっていた。

 

しの:兵隊さんになった人はどこまでいっちゃったんですか。

 

河内:それがね、兄が就職するのに山口公社行かせてくれ言うたけど、2

番目の母が大きい顔をしたわけ。行かしたくなかったの、お金かかるし。

ほしたら自分はここには要らん子じゃと思うて大阪行ったらO商船にすぐ就職が決まったん。

 

そこで話は弟子の話から実の兄の話に変わりました。

 

河内さんきょうだい3人を生んだ母親は河内さんが4歳頃に亡くなり、彼女らは父親の再婚相手である二番目の母に育てられていたのです。

あまり反抗しなかったというお兄さんにはその遠慮もあったのかもしれません。

 

お兄さんが就職が決まったことを親戚に報告に行こうとすると、翌日から船に乗れと命令されたと言います。

 

「僕は船に乗る思うとりませんでした。」

 

「しょうがないじゃろ、皆兵隊に取られとるんじゃけえ。あんたみたいに若いのが乗ってくれんと困る!」

 

お兄さんと会社側とのやりとりから、今では考えられないほど会社側が圧倒的な力を持っていたことが伺えます。

 

しの:お兄さんは何歳じゃったんですか?

 

河内:その時兄が数えで19ぐらい。

 

しの:じゃあ高校卒業した後ぐらいの年じゃ。

 

私が言うと河内さんはにっこり笑って首を横に振った。

 

河内:高校はなかったの。あの時は商業が県商言う名前でしょう。5年で終わり。終わり云うても5年のお正月で終わって、そっから兵隊に取られたりして。

兄も学校から帰っとったら兵隊に取られたんでしょうが、その時兄は船に乗っとったから。ほしたら練習の船で船酔いで戻して。濃いものは食べられん言うて。

 

おええ、と船の欄干から吐き戻す仕草をする河内さん。

 

河内:それが終わったら大きい何万トンもあるニット丸云う船に乗って、朝鮮の方行ってはようけ(たくさん)兵隊積んで…みんな朝鮮語言いよるけえ訳わからん言うとりました。今度は台湾行って兵隊を乗せて、フィリピン行って降ろしてその帰りじゃったかな。魚雷にやられて沈んだんです。

 

うわあ、と祖母は口に手を当てて眉を顰めた。

 

魚雷とは水面下で放たれ目標とした艦船などを爆発によって破壊することを目的とした兵器。喫水下の部分を破壊するため多大の浸水を与え行動力を奪うのです。 この時も例に漏れずお兄さんの船は沈みました。

 

河内:その時に筏をパーンと投げて、それへ大事な書類を全部体に巻いて渡って。その筏は大きいてよかったんじゃけど長い綱のようなものがなくて…フンドシをみんな外して繋いで…フカ(サメ)が来る云うて。フカは自分より大きなものを攻撃せんから。

 

だからみんなフリチンで、でも書類だけはしっかり守って…!

 

 

こんな上品な顔からそんな言葉が出てくると思わず、場は一瞬で笑いに包まれました。

 

今お兄さんが生きていて、この場にいたらどんな顔をするでしょう。

 

河内:向こうの方であっぷあっぷしよる人がおってんじゃ。じゃけえ兄が飛び込んで

 

「あんた誰かい」

 

っていうたら大阪商船のニット丸…その船に乗っとる人じゃったんじゃけど

 

「油で目をやられとるんじゃ、助けてくれるか」

 

いうけえ

 

「上向け」

 

そしたらアゴを持ってね、筏まで連れて行ったんじゃと。

でもその筏もいつ助かるか助からんかもわからん、太平洋だから。あたりに何も見えんかった。

 

そうして遭難したニット丸の船員たちは2日、照りつける太平洋を漂いました。

食べ物もない、海の水は辛い、命が助かるかどうかさえわからずヘトヘトに疲れきった船員の一人がふと顔を上げると叫びました。

 

「おい、あそこに煙が見えるで!」

 

その一言でみんな立ち上がって

 

「おーい!!!おーい!!!」

 

声の限り叫びました。

 

声なんか聞こえやせん、海の中なのに。でもほしたらボートが降りてきて兵隊さんが漕いできたって。そりゃアメリカじゃったらわしらは処刑されるってもうドキドキドキドキしながら。とにかく食べたい、着るものが欲しい。寒うはないけど、暑い時じゃけえ。

どうなるかと思っとったら…日本の水兵さんじゃった。

 

 

ほしたらみんなフリチンで立っとるでしょ。

水兵さんたちが大笑いするんですと!

 

「はっはっはっはっはっはっ」

 

やけぇ、兄たちも

 

「何がおかしいんや!あんたらも同じじゃないか!」

 

って。とにかくフリチンで船に乗してもろうて。

 

「あの、筏に吊るしてあるフンドシはどうしようか」

 

って遠慮がちに聞く部下には

 

「あんなもん置いとけ!!」

 

いうてね、そのまま本船まで連れて行かれて。それが駆逐艦か何かじゃったけえ。親船がおらんけえ沈められたんか、でもその時は訳わからんまま乗って。

 

本船に着いたお兄さんたちを待っていたのはズラーーーッと並んだ水兵でした。

連れてこられた船員たちを見て堪えきれない笑い声がきゅうきゅうと上がります。

 

「笑うな!!!!!同じものがあるじゃないか!!!!!!」

 

といった具合に、この日はよく叫んだのでした。

 

船に着くと水兵たちの気遣いで暖かいご飯と風呂が用意されました。しかし、ご飯食べても空腹が過ぎると下痢するらしい。そこでしばらくはおかゆ食べさせてもらい、きちんとしたご飯食べれるようになったのはそれから少し後のことです。

 

ちなみに一番ホッとしたのは風呂から上がってすぐに新しいフンドシをもらったことでした。

 

 

→続く【第11回】目の見えない綺麗な男