私たちにとって「働く」ってなんだろう。
時間やスキル、体力などを提供し、その対価としてお金をもらう。
そして、そのお金を使って商品を買う。その商品の裏側には、必ず作り手が存在していて、その人にとっての生活がある。

普通に過ごしているとふと忘れてしまうけれど、当たり前のこと。今回は、そんな「当たり前」の中にある喜びに気づかせてくれる取材となった。

お話を伺ったのは、越後杉のおがくずを蒸留して作るリネンウォーターを代表に、有名コスメブランドのOEMも手がける『あおぞらソラシード』の理事長および統括施設長の本多佳美さん。『あおぞらソラシード』は、「楽しく働き、楽しく暮らそう。」をテーマに、知的・身体・精神に障がいを有する方20名とともに、天然のアロマミストや植物由来のオーガニック化粧品の製造などに取り組んでいる。

「居場所」としての施設ではなく、あくまで「働き口」としての存在にこだわる本多さん。その背景にはどんな願いが隠されているのだろうか。

佐藤伶
1995年神奈川生まれ。フリーのライター・編集者。RIDE MEDIA&DESIGNにてWEBマガジンの編集を経験した後、「どうせ働くなら人の生きづらさを溶かすものがいい」と一念発起しフリーランスへ。現在は社会課題に特化したPR会社morning after cutting my hairに所属しながら、物書き・編集・PRを行う。

自閉症の少女に与えられた、自分の役割

児童福祉や家族問題、不登校について学びたいと考えた本多さんは、新潟大学教育学部に進学。養護学校での教育実習で出会ったひとりの少女が、本多さんを今の場所まで導くことになる。

「自閉症の小学4年生の女の子がいました。症状がとても重たく、言葉も全く話せない子だったんですね。次から次に実習生が入れ替わるものだから、変化が苦手な彼女の心は常に不安定で。当時の私は今よりもっと未熟だったから、自分の授業をどうにかその子に受けさせることしか考えられなくて。その子に無理を強いては嫌われて、顔を見るだけで逃げられてしまう、そんな日々を過ごしていたんです」

教育実習が始まって1週間がたった時、教室でウロウロ動き回る彼女に、本多さんは強めの口調で注意の言葉を投げた。すると彼女は教室を飛び出し、バスに轢かれてしまう勢いで道路まで逃げていってしまった。

「『危ない!』って後ろから彼女を抱きかかえて、気がついたら2人で道路に転がってました。その時、彼女に授業を受けさせることに何の意味があったんだろうってすごく反省したんです。私はただた自分の都合を彼女に押し付けていただけなんだなって」

「嘘みたいなんですけど……」とその日の夜に見た夢の話を本多さんは静かに語り始める。

「その日、彼女の夢を見たんです。おしゃれなスカートを履いて、お母さんと手を繋いで歩いて、それを私が後ろから覗いている夢。普段は、いつも体操服を着て、髪がボサボサで、先生に引きずられながら移動している彼女しか見たことがなかった。でも、夢の中では、彼女は自分の意志で歩いて、おしゃれを楽しんでいて。現実でもそんなふうになったらいいなって強く思ったと共に、目が覚めてすごく彼女に会いたくなりました」

「彼らは自分の鏡だと思いなさい」

その後学校へ行くと、前日まで逃げていた彼女がなぜか本多さんにピッタリと寄り添ってきたという。移動する際も、少し声をかければついてきてくれるようになり、心が通じ合えた喜びを初めて感じられた。

「その様子を見た担任の先生に『彼らは自分の鏡だと思いなさい』と言われたんです。結局、どんな表面的なやり取りをしても、彼らには自分の心のうちが全部見透かされている。自分の心が穏やかでなければ、相手も穏やかではいられない。変な見栄とか『こうしなければならない』という気持ちを全部捨て流すことで、心が通じ合えることを教えてくれました」

今でも、この時に感じた幸せが本多さんの中で続いているという。そして、このひとりの少女が本多さんに生涯に渡る役割を与えてくれた。

「私が死ぬ時、余計なものを取っ払って、シンプルな状態でいられたら幸せだなって思うんです。人生の最後のほうは障がいのある子たちと一緒に過ごしたいと、この時から決めていて。今はその瞬間に向かって少しずつ歩みを進めていますね」

障がい者の働き口として『NPOあおぞら』が生まれる

少女との出会いから数年。本多さんはとある福祉施設で働くこととなった。しかし、勤めて2年が経った頃に、あえなく閉所。当時施設にいた14人の新たな受け入れ先を作るために『NPOあおぞら』が生まれた。

『NPOあおぞら』のHPには、「だれもがお互いを認め合い、幸せに暮らせる社会、あおぞらのようにすっきりとしたボーダーのない社会、そんな社会に向けて」という言葉が綴られている。非常にシンプルな言葉遣いは、本多さんの「余計なことを全部捨てる」という生き様と重なるように感じる。

「あおぞらのひとつの役割として『就労支援』があります。当時の福祉施設は、レクリエーションや余暇活動が多く、いわゆる“居場所”としての機能が中心だったんですね。ただ、私たちはきちんとお仕事をしてその対価をしっかり払える場所になりたいという気持ちが強く、そのひとつとして化粧品があります。開発に協力いただいた方々には本当に失礼な話ですけど、化粧品でも、そうじゃなくても何でもよかったんですよ(笑)」

地域の人たちに、障がい者の真の姿を見てもらいたかった

本多さんが『NPOあおぞら』の機能としての「就労支援」にこだわる理由。それは、当事者のご家族が辿ってきた人生に耳を傾けたことがきっかけとなった。

「ひとりの障がいを持つおばあちゃんが、だんだんと不満気に『あおぞら』から帰宅するようになったと聞いて、ご家族から詳しくお話を聞く機会があったんです。そのご家族は、おばあちゃんも、お孫さんも、おばあちゃんの旦那さんのご兄弟も障がいを持っていて。家族の中に障がい者が3人いることから、『障がい者が生まれる呪われた家だ』とか『障がい者がいると、国からお金もらえるんだろう』とか、本当に心無いことを言われてきたそうです」

「そのおばあちゃんは、ずっとずっと悔しい思いをしてきた。そしてその悔しさは墓場まで持っていくんだと。この話をしている時はもう、私もご家族も大泣きだったんですけど、自分の中に『自己満足』という活字が浮かんできました。レクリエーション的にクッキーを作って近所に配って終わり、ではなくて、自分たちで作ったもので少しでもいいからお金がもらえる。そのお金で、自分の意志で生活を豊かにできる。障がいがあっても、できることがあるんだよって地域の人に伝えていかなければ、いつまで経ってもこの悔しさは拭い去れないと」

障がいがあるからできないこともあるけど、障がいがあってもできることはたくさんある。

その事実を地域の人に知ってもらいたい。そんな一心から、あおぞら主催の地域交流会を企画し、10年間続けてきた。そこでは、地域の農家とコラボレーションして、新米のおにぎりを配ったり、子どもたちが参加できるビンゴゲームを主催したり。そんな地域の楽しいお祭りごとの中に、障がい者の方々が自然と溶け込んでいる。

障がいを持つ方々の中には、もちろん葛藤や苦しみがある。しかし、ただ“かわいそうな人たち”と捉えるのはお門違い。彼らが生き生きと熱中して働く姿を『あおぞら』は地域交流会を通じて伝えている。

熊のように個性的で、森のようにみずみずしく成長する

「失礼な話ですけど、化粧品でもそうじゃなくても何でもよかったんですよ(笑)」とお話してくださった本多さん。しかし、今ではあまりに楽しそうに化粧品作りに取り組むチームの皆さんを見ていると、「もうやめられない」と笑顔で話してくれた。

『NPOあおぞら』から化粧品チーム『あおぞらソラシード』が生まれた背景には、大阪に拠点を持つ株式会社クレコスの暮部達夫さんが大きく関わっている。企業からの請負の仕事が多かったという当時。何か新たなビジネスのヒントを得たいという気持ちで、新潟の越後杉の端材を持ち歩いていたところ、たまたま暮部さんと出会うことになる。

「越後杉の端材をオガクズにして、蒸留し、杉の香りがするウォーターを作ったらどうかと、その場で提案してくださいました。早速うちにあった大量のオガクズを送ったら、1週間後くらいに試作品が届くという(笑)。心地いい杉の香りがして、『これはいい!』と。ぜひ技術を教えてもらって、これをメンバーたちの仕事にしたいと伝えました。月に1回は施設に来てくれて、試作したり、ギフトショーに出店してみたり、暮部さんが共に歩んでくださったからこそ、今の『あおぞらソラシード』があります」

そこから誕生したのが『熊と森の水』のリネンウォーター。心は優しいけれど、荒くれものな一面もある「熊」。そして、自らの力でぐんぐんと成長していく「森」。障がいあるなしに関係なく、会社のみんなが成長し、そして熊のようなちょっと荒くれもので、個性的でありたい、という願いがイラストに込められている。

働くことは、生きること

本多さんが紡ぐ言葉は、社会がどう、日本がどうと主語が大きなものではなく、自分たちがどうありたいかが常に軸にあるように感じる。だからこそ、とてもシンプルで、すっと私の中に染み込んでしまう。『あおぞらソラシード』のHPに出てくる言葉も「楽しく働き、楽しく暮らそう。」という、とてもシンプルなもの。

ただ、今の私にとって「楽しく働き、楽しく暮らそう。」は障がいの有無に関わらず、実はとても難しいことに感じる。だから、純粋に『NPOあおぞら』の方々にとって、働くとはどんな意味を持つものなのかを聞いてみた。

「働くことはすごい楽しいことです。暮部さんが来てくれた日には、みんな自分の仕事がどれだけすごいか、アピールしまくるんですよ(笑)そうやって、自分の仕事に誇りを持っている姿を見ると、働くって、まさに生きることとイコールなんじゃないかって思うんです」

「大手企業のOEMもやらせてもらっているんですけど、自分たちが関わった商品が初めてお店に並べられた時なんかは、もう興奮がすごかったですよ! 山奥からバスと電車を乗り継いでお店に行き、自分が作ったものを買って職員に写真を送ってくれて。

自分で稼いだお金で、自分が作った商品を買ったり、それをお母さんにプレゼントしたり。『この子は社会に出たらどうなってしまうんだろう』と心配していたお母さんが、『まさか自分で作ったものをプレゼントしてくれる日が来るなんて、夢にも思ってなかった』って泣きながら電話をくれました。そのとき、働くって素晴らしいことだなって、またもや私も泣いてしまいましたね」と少し照れ臭そうな笑顔で話してくれた本多さん。

仕事を通じて誰かの役に立てることの喜びを、むしろ彼らから教えられているという。ただ目の前のことを一生懸命こなしていく。その仕事ぶりを見にきた方々からは、「彼らが作ってくれていることが、商品の付加価値を高めてくれる」といった声もあがっているのだとか。

「障がい者が作っているとあえて強調する必要はない。しかし、それを手に取った人がたまたまその背景を知ってくれて、障がい者に対するイメージが少しでも変わってくれたら」

あくまでも謙虚に、ものづくりに込める姿勢を語ってくれた。

それぞれの特性を理解して、チームで解決する

「熊」のように荒くれ者であり、個性を大切にする「あおぞらソラシード」。そんな彼らに役割を与えていく立場として、本多さんはどんなことを意識されているのだろうか。

「それぞれの特性をきちんと理解することが一番大切ですね。例えば聴覚過敏の方には個室で仕事をしてもらうとか。ちょっとした工夫で、できることが変わってきます。一回、化粧品を発送するときに、私が忙しくて雑に入れてしまって、大クレームがきた時があるんです。私は細かい作業が苦手なんです(笑)じゃあ、こだわりの強い自閉症の方にこの仕事をお願いしたら、もう本当に綺麗に包装してくれて、今回は素晴らしかったと。あ、働きやすさってこういうことだなと腑に落ちました」

障がいのあるなし関係なしに、人には向き不向きがある。障がい者の方々の特性に合わせていくことから始めた環境整備だったが、だんだんと職員の特性も気になり始めたという。職員たちにも少なからず特性があるはずなのに、仕事内容が皆一律なのはおかしい。苦手なところは得意な人に任せる。それが『あおぞらソラシード』の働き方だ。

いくつもの評価軸を持てば、必ず光る瞬間がある

「一度、メンバーの中で憧れの人はいるかって聞いてことがあったんですよ。すると、重度の自閉症の方の名前を挙げる人が多かった。日常生活では、人の手を借りなければ生活できないけれど、仕事となると細やかな手作業をすごいスピードで的確にこなしていくんです。普段は『重度の障がい者』とくくられてしまうけれど、仕事となれば憧れの的。そうやって、いくつもの指標で見たときに、必ずその人が光る場面があるんですよね」

取材をするなかで、私は何度も本多さんから紡がれる温かな言葉に涙が出そうになった。私たちは、「障がい者」「サラリーマン」「女性」「男性」など、とあるラベルで一人の人をくくりつけてしまうことがある。しかしそれは、ある一片を切り取った情報でしかない。

私たちはそれぞれにグラデーションがあり、得意不得意があり、気分の浮き沈みがある。それらすべてを丸っと抱きしめた上で、いかに喜びが生まれる環境を作っていけるか。障がいの有無に問わず、働くすべての人に伝えたいメッセージが『あおぞらソラシード』の商品から滲み出ているように感じた。