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【連載⑪】戦争の記憶図書館―目の見えない綺麗な男

72年前の8月広島で起きた、大きすぎる衝撃とともに語られる「あの日」。

でも、被害にあった人々の「その後」に目が向けられることはあまりありません。

実は今と変わらない「日常」を、有名な戦争写真のモデルになったおばあさんの語りとともに描く連載の第11回をお送りします。今回は、前回から続いている河内さんの実の兄の物語。

 


 

※前回の話はコチラ→【連載⑩】戦争の記憶図書館―兄は二度海に沈む

※最初から読みたい方はコチラ→ 【連載①】戦争の記憶図書館-プロローグ

 

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【登場人物】

私:しの

河内:河内光子さん

恵:しのの祖母

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  • 目の見えない男

「助けてやった目の見えない男の人をどこに連れて行くんかっていうと、まず台湾じゃって。」

河内さんのお兄さんは海に放り出された時に一人の男の人を助けました。彼は船の機械油が目に入ったのか両目が開けられず海の中でどちらに進めが良いのかもわからないまま踠いているところを河内さんのお兄さんに上向きになって顎に手をかけて筏まで連れて行かれました。

筏は日本軍の駆逐艦のような船に運良く引き上げられ、当時は大日本帝国の一部であった台湾に着岸したのです。お兄さんは上陸したら一番に重油にまみれた彼を台湾の眼科に連れて行きました。

「こらえてくれ、今見えんでもあんたは助かるんじゃから。」

「わかった。」

というその男性は上品な顔をしていたと云います。

 

「それがね50年経って兄を訪ねて来ちゃった。神戸まで。」

「目は良くなっちゃったん。」

思わず身を乗り出して聞く私。河内さんはつぶらな瞳をキラキラさせながら見開きました。

「綺麗〜〜〜な目ですと!本当に綺麗な目じゃったって。

 

目の見えなかった男性は当時河内さんのお兄さんが住んでいた神戸の住所を探して訪ねてきました。当時はインターネットもメールもない時代。知り合いを訪ねてようやくたどり着いたのでしょう。

「あんたが助けてくれた人か」

と玄関に立つ彼。

 

「ほいでね

「ああ、あんときはアゴを持ってひどいことしてごめんなさいよ。」

50年前を思い出して兄が詫びたら

「あんたは命の恩人じゃ」

いうて泣いちゃったそうな、手を持ってね。

上品な人になっとっちゃったって。

あんなに上品な人とは知らんかったって兄は笑ってましたけどね。」

 

 

きょうだいへのプレゼント

河内さんのお兄さんの乗っていたニット丸が沈没し、引き上げられて一度台湾に上陸した彼らはその後一旦は大阪に帰りました。そしてすぐに乗船命令を受け別の船で海へ出ることになったお兄さんはその船の船長さんにお願いをしました。

「瀬戸内海を通ってくれませんか」

「どしてね」

と尋ねる船長さん。

「広島に残っとる妹と弟がおるんです。それに砂糖をやりたいけえお願いします。」

当時日本の食糧事情は極めて乏しく、砂糖はとても貴重なものでした。

「船が大きいて宇品にはよう着かんけえ、宇品の近くまで行ったらポンポン船で宇品の港まで行けるようにしといちゃるけえ、家帰ってこい」

船長さんは明日の命の保証もない兵隊に同情したのでしょうか。彼の願いを聞き入れ彼を家に一度返すことを承諾しました。

当日お兄さんの乗った大型船は海の浅瀬になっている部分まで行って止まると、迎えにきていた小型ボートがお兄さんを故郷の広島の宇品港まで運びました。

「ほしたらタクシーがないんですと。

じゃけえ、砂糖持って鷹野橋からとっとっとっと歩いてうちまで帰ってきて。

 

「お兄ちゃん帰ってきた!!!!」

 

私ら狂ったようになってお兄ちゃんの名前を呼びました。

「今から南方に行くんじゃ。この砂糖をやろう、もう少しで誕生日が来るけえ、これでぜんざいないとおはぎないとお母さんにしてもらえい。」

いうて置いてすぐに帰りました。

「お兄ちゃん帰りんさんな行きんさんな」

って私らしがみついて泣いたけど

「そうはいかん、任務じゃ」

いうて行きました…」

 

河内さんは遠くの方を見ていました。

「そうよね、脱走罪になるもんねえ」

祖母の恵は当時の軍隊を振り返ります。軍隊から逃げ出した兵隊は”脱走兵”と呼ばれそれだけで罪になり、重く不名誉な罰を受けるのでした。

「それにしても一人のために留めてくれる船もすごい」

私も続けると

「船長さんがね。」

と河内さんも微笑みました。

 

兄、二度目の遭難

その後お兄さんはもう一回日本海で遭難しました。ボートへ乗ってしばらく漂っているとまた幸運にもちょうど船が来て助けてくれました。しかしそれは寒い時分の極寒の海での出来事、一度海に落ちて服も乾かせないまま凍るような外気に震えながら晒され続けた兵士たちの手足は壊死し始めていました。

「みんな凍傷にかかっとるけえ、ハサミで指を切るんですって。」

 

 

「あんたあ、どうしたんや」

順番に回ってくるハサミを携えた兵隊から、お兄さんは手足を隠していました。

「出してみい、切るけえ」

と言われてもお兄さんはとうとう指を出しませんでした。

 

「帰ってきた兄の手は力が入らず幽霊みたいでした。ほしたら鳥取へ入営せいって赤紙が来たんです。出征の時は人が集まりますね。家へ呼んで飲ましたり食わしたりして。」

当時軍隊へ兵士を送り出す時は近所の人などを集めて盛大な宴会を開くのが慣わしのようになっていました。

「二人おったうちのもう一人は古賀監督っておっちゃったでしょ、その妹さんのお兄ちゃん。田村正和をもっと男前にしたようなん。それがピシッと敬礼して堂々と挨拶しちゃったん。

「どしたんや坂本(河内さんの旧姓)のは、こうじゃげな」

って集まった人が幽霊のように力の入らん手の敬礼を笑いながらマネしました。

凍傷に遭うとるから。

父が兄の手を温めよりました。」

 

「その凍傷は治るもんなんですか。」

河内さんがしているだらりと力を抜いた敬礼を見て私が尋ねると河内さんが手を下ろしました。

「治りましたよ。父が夜中まで温めよりました、火鉢の近くでね。

おかげで兵隊行く頃には物が持てるようになっとりました。」

 

→続く【第12回】かぼちゃ泥棒とおばあさん